scene .8 空回りロロ
「おっと。ロロは結局寝ちまったんか?」
ロロの食べかけの夕食を温めにキッチンへ行っていたリェフがそう言いながら戻ってきた。
「まぁあの位のガキは気分がころっころ変わるからな! ライザもあの位の頃は」
「パパ、今そう言うの良いから」
「はは、だろうな!」
相変わらずのリェフの調子に、状況を飲み込めなかったシャルロッテ以外が苦笑する。
「何の話? ロロなんか怒ってた?」
その言葉にロルフは皆の顔を見る。当たり前のことだろう、誰もが起こった事の説明を求めている様子だった。
ロルフは決心を固めると、ヴィオレッタがココット・アルクスを襲った人物に酷似している事、サーカスで途中から席を外していた理由、クロンを通じてカードを受け取ったことなどを話した。
「そんな……でも、確かに雰囲気は少し似ていたかも……」
モモは少し納得できないながらも、戸惑っている様子だ。スリから助けてくれた世界的な人気者が、自分の村を襲った人物かもしれないのだから無理もない。
そんなモモを見ながら、思い出すようにしてシャルロッテが口を開く。
「んー髪の色とかなんだかちょっと違かった気がするよ?」
シャルロッテにしては鋭い指摘だ。確かに、髪色などがあの時の人物と現在のヴィオレッタの物とは若干異なることはロルフも少し引っかかってはいた。だが、他人の空似と片付けてしまう事がためらわれる程には似ているのだ。
あの時、二人には近づかないよう指示したため、森の奥にいた女の顔を近くで確認できていたのはロルフだけであったのがなんとももどかしい。
「でもさ、私はロルフが大した理由なしに人を疑ったりしないと思うな。何かきっと考えがあるんでしょ? その場にいなかったから大きな声では言えないけど」
ライザがロルフの肩を持つと、その意見に全員が賛同する。昔から闇雲に意見を述べる性格ではなかったのが功を奏したという所だろう。
今回は証拠が掴めておらず勘であることが否めないため、ロルフは少しばかり心が痛んだが、この状況をありがたく思う事にした。
「私、確かめたい」
ぽつりとモモがそう呟く。
「ご迷惑かもしれないけど、でも、私もついて行って確かめたいです。それに、もし本当に危険な人なら、人数はたくさんいた方がいいと思いますし」
「じゃぁ私も行く!」
シャルロッテはともかく、モモはいつになく強い眼差しだ。
――まぁ、そうなるよな……説明をする際にこうなる事は予測していたロルフであったが、心の中でため息をつく。
ただ、クロンを連れてこい、とは伝えられたが、他に誰かを連れてくるなとは言われてはいない。この決断がヴィオレッタを挑発する事に繋がらない様祈ると、ロルフは「わかった」と告げた。
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「あら、随分と早いじゃない」
翌朝、一行はヴィオレッタが指定した場所に日の出前についていた。結局ロロには詳しい内容を伝えることができていないままだ。
「ところでどうしてそんなに連れてきたのかしら……」
ロルフとクロンの他についてきた三人を見て、ヴィオレッタは案の定不快感を露わにする。
やはり連れてきたのはよくなかっただろうか、そう思ったロルフの気も知らず、ロロがヴィオレッタの前へ飛び出した。
「昨日の公演素晴らしかったです! 今日も会えるなんてとっても光栄だわ!」
目を煌めかせながらそう言う彼女に、全員が凍り付く。
ヴィオレッタはそんな少女に視線を向けると、はぁ、と小さくため息をついた。
「そう言ってもらえて嬉しいわ。……さ、こっちに来て」
身構えたロルフを余所に、ヴィオレッタは何事もなかったかのように身を翻し、近くの壁をコツコツと叩きだした。
しばらくしてヴィオレッタのノックに応えるように壁の所々が光りだし、その光が集まるようにして魔法陣を描き出す。そして、描かれた魔法陣の中央から筋状に延びた光がヴィオレッタの頭からつま先までを照らしていく。
「これは……」
「あら、ご存知? さすが学者さんね」
ヴィオレッタの声に、ロルフは緩みかけた気を再度引き締めた。新しい魔術に目がないのはゴルトと同じなのだ。
科学帝国の強国化に伴い、誰でも簡単に使用することができる科学技術が広く普及したおかげで魔術を使う民は減ってきていると言う。そんな中、ロルフ達の居る大陸の北西にある氷に包まれた大陸――通称白水の大陸には未だに魔術を使いこなす種族が住み、新たな魔術を生み出し続けているそうだ。
ロルフも文献でしか見たことがなく詳しくは分からないが、このサーカス団が用いているのはその種族が生み出した新しい警備用魔術だろう。
そうこうしているうちに、ヴィオレッタを照らし出していた光が消え壁に光の筋が現れたかと思うと、その筋に沿って壁が畳まれるように消えていく。
「どうぞ」
現れた空間に入るよう指示するヴィオレッタだったが、その場から動こうとしないロルフ達に、呆れたようにこう言った。
「安心しなさい。ワタシの可愛いペット達の部屋よ」
だから安心できないのだが、そう思ったロルフの心を見透かしたかのようにヴィオレッタは言葉を続ける。
「それにあの話、知らないのは本当だから」