scene .5 侵入者
ヴィオレッタの猛獣ショーが終わると、ロルフはあらかじめ位置を目視確認しておいた関係者用出入口へ向かっていた。
ショーの内容は、さすが世界で人気を博しているサーカスなだけあって、興味のなかったロルフでさえもまだ見ていたいと思ってしまう程のものばかりだった。だが今は一度きりのチャンスを無駄にすることはできないのだ。
ロルフが席を立ってすぐに次のキャストが新しいショーを初めたため、観客達の視線はステージに釘付けだ。おかげでステージのすぐ横であるにも関わらず、すんなりと関係者通路に入り込めてしまった。
テントの外側の警備を考えると、内側もしっかりとした警備体制が敷かれているかと思いきや、
「警備が甘いな……」
あまりにも隙だらけの警備に、ロルフは思わずそう口にする。まぁ、入り口であれだけ厳重に荷物検査やらを行っているがためなのだろうが、キャスト控え室へ向かう通路に警備員の一人もいないとは侵入するこちら側からしても少し心配になってしまう。
とはいえ、騒ぎを起こしたい訳ではないロルフは、ありがたく通路を進ませてもらうことにした。
「な、なんだね君は」
と、後ろから突然声をかけられロルフの背筋を冷たい汗が一筋伝い落ちる。ゆっくりと振り向くと、一番初めに挨拶をしていたピエロが立っていた。
声の主が警備員などではないことに安心したロルフは、口を開く。嘘をついたところで意味もない。ここは素直に目的を告げてみるのも良いだろう。
「さっき出てた猛獣使いにお会いできないでしょうか」
「あぁ……ファンの方ですか。ヴィオレッタは今出番を終えて休憩中なんです。お引き取りください。ショーエンド後にお会いできますので」
人気のあるキャストであるため、そう勘違いするのは当然であろう。ロルフの言葉に、ピエロは不審そうな顔から営業用の笑顔に変わると、入ってきた方向へ戻るよう身を翻し腕を一振りする。
どうすべきかロルフが考えようとした時だった。
「あら、いいわよ」
「あぁヴィオレッタ!」
突然ロルフの後ろから女性の声がしたかと思うと、顔を上げたピエロは両手を広げて声の主へと視線を向けた。そこにはロルフの目的である猛獣使い――ヴィオレッタが笑みを浮かべて立っていた。
ヴィオレッタはピエロと軽くハグをした後、彼に控室へ戻るように促した。そして、
「アナタはあの男の子……んんっ、ウサギ族の女の子と一緒にいた人ね。なぁに? サイン? 握手? サービスしちゃうわよ」
そう言いながら、身体をくねらせロルフに近づいてくる。
「もし、あの時のお礼をしたいっていうなら……アナタと一緒にいた男の子、連れてきていただけない?」
ロルフの身体にぴったりとくっつくように立つと、指でシャツの上をつうっとなぞり、上目遣いでロルフの瞳を見つめながらそう言った。
近すぎて話しづらい気がするのだが、この女性は普段からこの距離で話をしているのだろうか。そんなことを思いつつ、ロルフはヴィオレッタに確認するべきことを問う。
「お前、ココット・アルクスに襲撃を仕掛けた女だろ」
図星を突かれたためか、思いがけない反応だったためか、ヴィオレッタは驚いたように目を見開くと、さっとロルフから離れた。
「なによ、アナタ。ファンじゃないわね。それに、このヴィオレッタ様に向かってお前だなんて失礼にも程があるわ。帰って頂戴」
ヴィオレッタが小さく二回手を鳴らすと、出入口の方向から警備員らしき人物がこちらへ向かってきた。
「目的はなんだ? なぜ動物を使った?」
「やだわ、怖い顔。……早く連れて行って」
その言葉に警備員は小走りでロルフに近づき、腕を掴む。
「誰の差し金で動いてる? 後ろについているのは誰だ?」
「ちょっと君」
ヴィオレッタは組んでいた腕を外すと、興味ないわとでもいうかのように先程ピエロが向かって行った方へ歩き出した。
腕を引っ張り、外へ連れ出そうとする警備員に少し抵抗しつつ、ロルフはもう一つ質問を投げかける。
「役者に、なりたいのか?」
控室へ向かおうと歩き出していたヴィオレッタの歩みが止まったような気がした。だがそれも一瞬で、ヴィオレッタはそのまま控室へと消えて行った。




