scene .1 シトラディオ・パラドと無骨な店主
「すっごい賑わい……! 人が多すぎて前が見えないくらいだわ!」
ロロが関心したように辺りを見渡した。
一行はあの後、モクポルトへ到着した船から降りると、リージアと別れ、たまたま同じ二部屋が空いていた先日も泊まった宿屋で休んだ。そして今朝、空いていると聞いていた朝一番の汽車でこの村へ出発したのだ。
空いていると言っても、普段の様子を知っているロルフとシャルロッテにとっては激混みだったのは言うまでもない。
「それにしても本当にすごい人だな……」
四人席を確保するのがやっとだったため、四時間近く立ちっぱなしだったロルフはすでにくたびれていた。
普段はこの村で商売をしている住人とその家族、たまたま立ち寄った旅商人がいる程度の人の出なのだが、今日のシトラディオ・パラドは、コンメル・フェルシュタットをしのぐ程に賑わっている。それもロルフの疲れを加速させる要因の一つである。
行き交う獣人たちの中には遠い村からやってきたのであろうか、この辺りでは見かけな種族の獣人もいた。スエーニョ・デ・エストレーラが世界中で人気を博しているというのは嘘ではないようだ。
「シャルちゃん、はぐれないように気を付けてね」
「ロロ、もう少しこっちに寄って」
疲れているであろうロルフを気遣って、いつも通りおもり役に徹しているモモとクロンであったが、二人も今日はそわそわと落ち着かない。
初めて来た場所で、見たことのないような品物を扱う露店があちらこちらに並んでいるのだから仕方がないであろう。
そんな彼等に露店などを回らせたいところではあるが、とりあえずはこの村に来た使命を果たすべく、ロルフは一番後ろから全員を監視しながら目的の店への道順を示していた。
「ロルフ~まだ着かないの~? お腹空いたよぉ」
「もう少しだから我慢な」
この村についてから何度されたかわからない質問に、ロルフはこれまた同じように答えた。
いつもならフラッと居なくなってしまいそうなシャルロッテが、珍しくモモの後を素直について歩いているのは、この村が武具や戦用魔術具などを中心に栄えた村であるためである。出ている露店が取り扱っている商品もその類の物なのだ。シャルロッテが興味を持ちそうな食べ物を置く露店はほとんどない。
と、しばらくしてロルフは一軒の魔道具屋を指し示した。
他の店もそうだが、その店も店舗前に棚を並べ、おそらく店の者だろう、一人の少女が品物を売ろうと一生懸命に客引きをしていた。
「あー! シャルとロルフじゃ~ん! こんな時にどうしたの? お買い物~?」
健康的に焼けた肌に、目立つ赤色のスカーフを首元に巻き付けたその少女は、二人の顔を見つけるとぶんぶんと手を振りながらにこやかに話しかけてきた。
「久しぶりだな、ライザ。リェフさんは店の中か?」
「あぁ、そっか! パパに届け物だ! 中にいるよ~!」
この店の店主とゴルトは昔から親交があるようで、ロルフやシャルロッテも幼いころからよくこの店にやって来ていた。そのため、ライザのことは赤子の時からよく知っている。今や店番を任せられる位しっかり者に育った彼女だが、歳は十五。シャルロッテの三つ下だ。
「そう言えば昨日パパが、ゴルトさんにも来いって言ったのに断られちゃったんだって笑ってたよ~」
すれ違いざまにそう言いながらキャハハと笑う少女に笑いかけると、ロルフは皆に続いて店の中へ入っていった。
「いやぁよく来たな! 待ってたぜ! 外は激混みだっただろ!」
薄暗く、少し埃っぽい店の奥から出てきてニカッと笑う褐色肌で大柄のこの男は、先程の少女の父親でこの店の店主。つまりゴルトから荷物を届けるよう言われた相手だ。
なぜだかは知らないが、どうもゴルトはこの男が苦手らしい。それ故に、たまにロルフが届け物を預かって持ってくるという訳だ。
「なんとかかんとかってサーカスが来るんだとよ! ……お? 今日はなんだか賑やかじゃねぇか!」
ロルフの後ろから入ってくるのがシャルロッテだけではないことに気づいたリェフは、腕を組んで仁王立ちのまま目を丸くした。
そして全員をざっと見渡すと、少しの間の後に眉根を寄せて口を開いた。
「おいおい、話が違うぜぇ。家のライザをもらってくれるんじゃなかったのかよ!」
リェフの言葉に、ロルフとシャルロッテ以外が首をかしげる。そんな約束はした覚えはないとばかりに、ロルフは首を振るが、関係ないと言うかのごとく、リェフはロロの前に立つと、その小さな頭に手を乗せて言った。
「いやぁ、にしたって、いくらロリっ子が好きでもこのちびちゃんは嫁にするにゃあちと可愛すぎねぇか?」
全員が唖然とする中、一瞬ポカンとしたロロであったが、わなわなと震えて頭に乗せられた手を振り払った。そして叫ぶ様に文句を言う。
「し……失礼しちゃう! もう七つよ! わたしだってちゃんとしたレディだわ!」
「おおっと、わりぃわりぃ。威勢のいい嬢ちゃんだ」
ロロの反論が想定外だったのか、リェフはゆっくりと元居た位置に戻った。
そう言えば外の喧騒が嘘のように、店内はいつも通りガランとしている。
「にしても知らぬ間に嫁さん候補が随分増えちまったもんだぜ! ロルフもなかなか侮れねぇな!」
そう言ってリェフはガハハと笑いながらロルフの背中を叩いた。――こういう所が確かに頂けない気持ちは分かる。ロルフはゴルトに少し共感しつつ心の中でため息をつくと、
「やめてくださいよ……」
苦笑いをしながら魔道ポーチから荷物と集めてきた資料を取り出した。