scene .18 いつもと、おなじ
――翌日。一行はモクポルトへ戻るべく、朝八時発の船に乗船していた。
一昨日までの天気とは打って変わって、大粒の雨が降っている。今日はデッキに出ることはできなさそうだ。
「ね~ひまひま、つまんなぁい」
行きと同様、帰りも丸一日かかるので、船室で資料をまとめたいロルフだったが、そうはさせまいと言わんばかりにシャルロッテがまとわりついている。
「こらこらシャルちゃん、ロルフさん困ってるから……」
「だって雨降ってるし、船の中は見尽くしちゃったし、やることないんだもん!」
「シャルロッテも何か借りてくればよかったじゃない。――これでも読んだら?」
「あ、ちょっと、ロロっ」
そう言ってロロがクロンの読んでいた本を取り上げてシャルロッテに差し出す。
「んー……やく……が、く……し? 見た目がもうつまんないっ」
タイトルを読むため一瞬静かになったシャルロッテだったが、すぐに駄々っ子モードに戻ってしまった。自分よりも年が下のロロやクロン達にまであやされている、などという自覚は恐らくないであろう。
ちなみに、他にもリージアが部屋を確保しているはずなのだが、気付くと全員ロルフの部屋に集合してきていた。部屋割りを仕切っていたシャルロッテがモモを連れ、我先にと乗り込んできたことは言うまでもない。
「薬学史? そう言えばロロちゃんの読んでる本も薬学関係の本? もしかして二人は薬剤師になりたかったりして……!」
思いがけず聞こえた薬学史という言葉にモモが食いつく。未来の同士を見つけたとばかりに、手を合わせてとても嬉しそうだ。
しかしそんなモモとは対照的に、ロロは落ち着き払って「ん~」と言いながら視線を左上にずらして言う。
「ちょっと違うわね。目指している、で言えば創薬研究者ってとこかしら」
「そうやくけんきゅうしゃ……創薬研究者!」
モモは一度首を傾けた後、驚いたように単語を繰り返した。
こんなに小さい子が創薬研究! と思っているのがその様子からよく伝わってくる。
「お父さんは身体を壊してからずっと家にいるけど、両親共創薬研究者でね。……だから、なのかしら」
「ふわぁ……素敵! ロロちゃんならきっとなれると思う!」
「ま、なると決めたわけじゃないけどね!」
「だから、」と言った後にロロの瞳がゆらりと揺れた気がするが、モモの言葉にその揺らめきは打ち消された様だ。普段の調子でそう答えたロロは、本に視線を戻した。
と、そこへ、ドアの開いた音と共にこの何日かで馴染みとなった声が響く。
「み~んなここにいたんだ。他の部屋は誰もいないから何かあったのかと思っちゃったよ」
両手を上に向けて肩をすくめながら、リージアは二ッと笑った。
「探したってことは、俺以外の誰かを探してます?」
「お! さすが鋭いねぇ……って、ぷふぅ!」
リージアは思わず吹き出す。ロルフの問いかけに答えようと部屋の奥にある机に視線を向けたことで、先程よりもまとわりつきがパワーアップしたシャルロッテと、そのおかげで締め技を食らっているかのようなロルフが目に入ったのだ。
「何、もしかしてこれって日常風景? いや、まぁい……ぷふっ……」
「そんなに笑わなくても……で、誰に何の用なんです?」
用がないなら出て行ってくれと言わんばかりのロルフの表情に、リージアは咳払いをして仕切り直す。
「別に誰とかじゃないんだけど、昼飯食べに行かないかなと思ってさ」
「行く! お昼ご飯!」
昼飯という単語に真っ先に反応したシャルロッテは、目にもとまらぬ速さでロルフから離れ、リージアの元へ移動した。
「ちょうどいいわ、シャルロッテのせいで集中力も切れちゃったし」
「皆が行くなら私も行こうかな」
「じゃぁ僕も」
そう言いながら、それぞれ本などを片付けると立ち上がる。シャルロッテはと言うと、先程までの人物とはまるで別人かのように、小さな声で「おっひるごはんおっひるごはん」と言いながら静かに体を揺らしている。
ロルフは、やっと自由になった身体を伸ばしながら時計を見た。まだお昼にしては早い気もするが、シャルロッテの為――いや、自分の為を考えるとそれが良い選択だろう。というより、ロロの言う通り集中力も切れてしまっている。
「ロルフー早くー! 行かないのー?」
「今行くよ」
扉に続く廊下の影からひょっこり顔を出したシャルロッテにそう答えると、ロルフは机を軽く片付けて部屋を出た。