scene .15 自由人リージア
「リージアさんが助けに入ってくれて本当に助かりました。あの時はどうなるかと……」
リージアにお礼を言いながらも、当時の恐怖を思い出しクロンの耳がグイっと下がる。
「いいっていいって。にしてもあん時のロルフの顔は怖かったねぇ~見てるこっちまで凍り付くかと思ったよ!」
「やめてくだいよ、リージアさん……」
「ねー! 動き出したよっ!」
ロルフ達は無事に世界図書館行きの船に乗り込み、デッキに出ていた。
先程の騒動で助けてくれたクモ族の女――リージアも世界図書館行きの船に乗ると言うので一緒に乗船したのだ。
「アルテトでもお世話になっちゃったし、リージアには感謝しても感謝しきれないわね」
モモを連れてデッキ内を駆けまわっているシャルロッテに、生ぬるい視線を送りつつロロが言う。
「それにしても、ロルフが最初からあいつらの動き止めてくれればよかったのに。意地悪だわ」
「いいんだよ、ロロ。世の中には僕たち色持ちの能力を良いと思わない人もいるんだから」
「ふん、そんなんだからあんな目にあうのよ」
そう言ってロロは腕を組んでクロンの反対側を向く。
「私は色持ちじゃないけど――いいと思うけどな。他の人が持ってない力なんて、なんかこう、かっこいいじゃん?」
リージアは先程ロルフがしていたように手を前に出し軽くこぶしを作ると、ぎゅっと握る。
「リージアもそう思う? やっぱりできる女は違うわね!」
目を輝かせてそう言うロロと、できる女と言われてまんざらでもなさそうなリージアから視線を外すと、ロルフは少し引っかかったことを質問した。
「僕たちってことはクロンも能力を使えるのか?」
「えと……ロロ程の、使える能力じゃないんですけど」
「なになにっ? クロンくんも色持ちなのっ?」
デッキを駆けまわるのに飽きたのか、いつの間にかロルフ達の元へ戻って来ていたシャルロッテがワクワクした様子でクロンに尋ねる。
「えっと、ちょっとだけ時間を進めたりできます」
「ほぇー! よくわかんないけどすごい!」
シャルロッテの無邪気な反応に、クロンは少し照れたような表情をすると、両手を差し出して言った。
「ちょっと握ってもらえますか?」
差し出された手を、シャルロッテとロルフがそれぞれ握る。
「なんも起きないよ?」
「え……と……」
すると、しばらくしてこの船の原動力となっている、鯨の様な姿をした海獣――ランヴァ―ルが潮を吹いた。
「わぁ! すごーい!」
吹かれた潮が風に乗ってロルフ達の元へ流れてきた、かと思いきやその光景が一瞬にして消える。
「あれ? 消えちゃったよ?」
「僕の力ではせいぜい進められて二、三分なんです。今は、手を握ってもらった時間に戻ってきています」
「ふぅん……あ! じゃぁさっきのは未来を見てたってこと?」
珍しく状況を把握したシャルロッテに、クロンが小さく頷く。
「ふぇ~すごい! でもどうして三分だけ?」
「あはは……」
「あのねぇ、三分先も見れれば十分なの! ロルフからチケットを奪い取れるかどうかだって十分検証できたんだから。――んでもってわたしの力があれば普通の人には絶対見破れないってわけね」
ロロはさりげなくロルフの背中に当てていた手を離し、ビシッと人差し指を立てると得意気な顔をした。
ロルフはそんなロロに呆れつつ、昨日の昼の出来事を思い出す。あの時謝ったのはロロがチケットを盗んだことに対してかと思っていたが、一役買っていたクロン自身の謝罪だったという訳だ。
「あっはは! なるほどね、ロルフが子供たちにしてやられたって訳かぁ!」
ロロに話を聞き、リージアが愉快そうに笑う。その様子に、ロルフがわずかに頬を赤らめ眼鏡を直した時だった。ランヴァールが潮を吹き、先程と全く同じ景色が再び広がった。
「ふわわわ……!」
降りかかってくる潮に驚き、モモが少し後ずさる。そう言えば先程、モモは誰とも触れ合っていなかった。
「クロンと間接的でも触れ合っていないと能力の対象にならないと言ったところか?」
「はい、そうみたいです」
ロルフとクロン二人と目が合ったモモは、目を瞬かせると首を傾げた。頭の上にはいくつかハテナが浮かんでいる様だ。
「そういやさ、兄妹で色持ちなんてことあるんだねぇ。このご時世、色持ちに出会えるのも奇跡みたいなところがあるじゃない? 少年とこは実はすごい家系だったりして?」
「いやいやっ、そんなことはないです」
思ってもいなかったことを言われ、クロンはモモと反対側にいるリージアの方に素早く顔を向けると、両手をぶんぶんと振りながら否定した。
「でも確かに不思議だな。二人共時間を操る能力ってところも因果性がありそうだ」
「わぉ、ロルフ先生のお出ましかい? ぜひ考えを聞かせて欲しいところだけど……」
顎に手をあて考え始めたロルフに、リージアがあくびをしながら言う。
「昨日の夜なかなか眠れなくてね、こう見えても寝不足でさ。私はちょっくら客室に戻って昼寝でもしてくることにするよ」
そして、手をひらひらと振りながら船内へと入っていった。