scene .12 秘められし場所
道中、夜行性の小型モンスターに何度か遭遇したものの、無事にモクポルトにたどり着くことができたロルフ達は、夕食を取り、どうにか三人部屋が二部屋空いている宿屋を見つけ一息ついていた。
「それにしても今日はやけに人が多かったな……」
「近くの町に有名なサーカス団が来るのよ。だからじゃない?」
「え! そうなの! そんなの聞いてない!」
クロンとロロの騒動があって忘れていたが、そう言えばそうであった。世界図書館から戻った後、その近くの町――シトラディオ・パラドへ立ち寄らなくてはならないことを思い出しロルフは気が重くなるのを感じた。とはいえ、どちらにしても向かわなくてはならないのだ。どうせ足止めを食らうのなら楽しみにしていた方が良いだろう。
「その名もスエーニョ・デ・エストレーラ! 中でも猛獣使いのヴィオレッタ様がとっても素敵なの」
「へぇ! それでそれで!」
両手を胸の前で組み、ロロはうっとりとした口調で話す。ヴィオレッタという名前から察するに女性なのだろうが、ロロの瞳はまるで恋する乙女のようだ。そんなロロの様子にシャルロッテが食いつき、すっかり盛り上がっている。
部屋の割り振りは男二、女三で合意したのだが、モモが眠そうだったからという理由で騒ぎ足りなかった二人だけこちらの部屋にやってきたのだ。まぁ、初めての旅路であれだけのことがあれば疲れるのも仕方がないだろう。というよりは、この二人にそんな気遣いができたのかと驚いた方が大きい。
「ふわぁぁ……」
部屋の隅に備え付けられた椅子に座って、二人の様子を眺めていたクロンが大きなあくびをした。
テーブルを挟んで置かれているもう一脚の椅子に座っていたロルフがふと時計を見ると、長針と短針がほぼ合わさり頂点よりも右側に傾き始めていた。
「さぁ二人とも、そろそろ部屋に戻ってくれるか」
ロルフは立ち上がってベッドの上で未だはしゃいでいる二人に声をかける。「えー」だとか「なんでー」とは言っているものの、その目は今にも閉じそうだ。
「続きはまた明日な」
そう言いながら二人が隣の部屋へ入っていくのを確認すると、ロルフも部屋に戻り眠りについた。
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「……ん……ふぇぁ?」
外からチュンチュンという鳥の声が聞こえる。だが、少し開いたカーテンの隙間から見える外の景色はまだ薄暗く、今がまだ日の出前であることを知らせていた。
「ん~~~~」
ロロは小さく唸りながら寝返りを打つ。昨晩、就寝前にトイレに行かなかったつけが回ってきたのだ。
――こんなタイミングでトイレになんて行ったら目が覚めちゃうわ……! うとうととしたまどろみの中で、眠気と尿意とを天秤にかける。が、
「も、もうだめっ」
尿意に逆らえなかったロロは、布団をガバっとめくると、部屋の外のトイレへと小走りで向かった。
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――すっきりした、けどやっぱり目は覚めちゃったわね……
ロロは部屋に戻り自分のベッドに腰掛ける。モモもシャルロッテもまだまだ夢の中だろう。こういう時の、ただひたすら待つ時間とはやけに長く感じるものである。
再度眠りにつこうか迷い始めた頃だった。隣の部屋から誰かが外へ出て行く音が聞こえた。
「どっちかしら? どちらにしても話し相手に位なるわよね」
そう思ったロロは部屋の外へでる。音は階段を降り、宿屋を出て行ったようだった。
「どこにいくのかしら?」
音を追いかけ外に出たロロは、辺りを見渡す。すると、黒いスーツ姿にもふもふな尻尾が生えた青年の後ろ姿が見えた。
青年は早歩きなのか、その速度は子供のロロにとっては少し早い様だ。小走りで追いかけつつたまに話しかけようとするも、青年との距離がすぐ開いてしまう。その後ろ姿を捉えるのがやっとだ。
「はぁ……はぁ……」
――ちょっと……どうなってるのよ……早すぎない……? わたしのことも考えてよ、そう思ったロロであったが、青年は自分に追いかけられていることなど知らないことを思い出して肩を落とす。
でも、尾行みたいでなんだか楽しいかも、そう思い始めた頃、青年は森の茂みの中へ入っていった。
「え、どういう事?」
思わず声に出してしまい、ロロは口を両手で押さえる。
――こんな時間じゃ誰もいないわね。というか別に気付かれてもいいんだけど。などと考えつつ青年の後を追い、ロロも茂みの中へ入っていく。
「ん~もう、なんなのよ。こんなことなら部屋に残ってればよかったわ」
道のようになっている箇所もあったが、進むほどに整備されていない道が増えていった。茂みをかき分け、木々の間をすり抜ける。
「――って、あれ?」
茂みを抜けるのに必死になっていたロロは、青年の背中を見失ってしまっていた。
「やんなっちゃうわ……こんなところで見失うなんて……」
前を見ても後ろを見ても、同じような景色だ。知らない森の中、しかも辺りはまだ薄暗い。
進むべきか戻るべきか考えていると、進もうとしていた方向の木々の隙間が、徐々に橙色に光り始めた。
「日の出だわ!」
ロロはその方向へ小走りで向かう。すると、そこは開けており、一面に花畑が広がっていた。
花々は太陽の光に照らされ、時折吹く風にそよいでいる。
「きれい……」
ロロは思わずつぶやいた。そして、その隅にしゃがみ込む青年の背中を見つけた。
「あ、ロルフだわ! 全く、こんな綺麗な……」
綺麗な場所を教えてくれないなんて、近づきながらそう言おうとしたロロは口を閉じる。
そして、少女らしからぬ複雑な表情をすると、何も言わず来た道へと戻っていった。