scene .11 再出発
「どうして……」
予想外のロルフの提案に、ロロは停止しかけた思考で反論の言葉を探す。
「連れて行ってくれるって言ったじゃない!」
「俺達は今からモクポルトへ戻ろうと思う。インガンテス・フォレストのこちら側はモンスターが少ないとはいえ、やはり夜は危険だ」
「そんなの」
“そんなの理由にならない”そう言おうとしたロロの台詞に、ロルフの言葉が重なる。
「それに、お父さんも心配するだろ」
それを聞いたロロは、父親に視線を向けた。ロルフの言葉のせいだろうか、いつも通り薄く笑いを浮かべている顔は、なんだか少し寂しそうにも見える。
静まり返った家の中を見回すと、シャルロッテはロルフの陰に隠れていて見えないが、クロンは床を見ながら何かを考えているようで、モモは心配そうにこちらを見ていた。
――な、なによ。わたしが駄々をこねてるみたいじゃない……せっかく掴んだチャンスを不意にしたくない気持ちと、この場の空気から早く抜け出したい気持ちがロロの心の中で渦巻く。そんな時だった。
「いやぁ……一緒にいたいのはやまやまなのですがね」
父親がロロの頭に手を乗せながら口を開いた。
「ここで今、引き留めたところで、また明日も明後日も出掛けてしまうのでしょうから」
その表情が、朗らかな笑いから苦笑に変わったかと思うと、クロンのように頬を指で掻く。
「どうせいなくなってしまうのならロルフさん達と一緒の方が心強い。私のわがままと思って、この二人を連れて行ってやってはくれませんか」
そう続けると、「お願いします」と言って頭を下げた。
父親の言動に一瞬驚いた様子のロルフであったが、
「……お父さんがそう言うのでしたら全く問題ないです」
そう答えた。
「わぁい! よかったねー、ロロー!」
ロルフの答えに真っ先に反応したシャルロッテが、ロロの元に駆け寄る。お陰で父親の「ありがとうございます」という言葉が飲み込まれ咳払いに変わったのだが、この天真爛漫な少女がそんなことに気づけるはずもない。
シャルロッテは先程取り合いをしていたお菓子をロロに差し出すと、
「これあげる! お祝いだよ~」
そう言って嬉しそうに先程広げたお菓子の山へ、他のものを選びに向かった。
「あげるって……家のお菓子なんだけど」
ロロは受け取ったお菓子をポケットへ入れながらそう独り言ちる。そして自分の後ろで「あの子は元気がいいねぇ」と呟いている父親に、振り向かずに声をかけた。
「どうかしたかい、ロロ」
「…………ありがと」
「どういたしまして。気を付けて行ってくるんだよ」
いつもなら恥ずかしさで振り払う父親の手だが、少しの間だけ、ロロはそう自分に言い訳してその温もりを頭に感じることにした。
その手がわずかに震えている気がしたロロは振り返る。しかし、勘違いだったようだ。目があった父親は、少し驚いた顔をした後、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。
「じゃあ、行ってくるわね」
「はい、いってらっしゃい」
ロロは満足そうな表情をすると、皆に呼びかけた。
「さ、遅くなる前にちゃちゃっとモクポルトへ戻るわよ!」
「ふぁ~い」
「ああシャルちゃん、口からお菓子が出てる」
「シャルお前、そんなに菓子食って夜ご飯入るのか?」
「ふぁ! ふぃふぁっふぁ!」
「ロロ、早いよ! 待って!」
笑顔の父親に見送られつつ、一行は賑やかにクロンとロロの家を後にした。
村から出る前に、軽く薬などを買い揃え、ロルフのスラックスを新調し店を出ると、夕方でも大分明るかった村の中はすっかり暗くなっていた。
「思ったより時間がかかったな……」
「真っ暗だね~」
アルテトで泊まることも頭に浮かんだが、知り合いの居ない者が入ることの許されないこの村に、宿屋などがあるはずがなかった。そもそも、仮に宿屋があったとしても、午前の便に間に合うよう朝起きられるとは思えない者が一人いるのでこの案は却下なのだが。
「ん~? 私の顔に何かついてる?」
「いや、何でもない。さぁ、早くモクポルトへ戻ろう」
交代したのだろう、門の前には入村した際とは違う門番が立っていた。
村外へ出ると広々とした草原には光源などは全くなく、ただただ続く闇が広がっている。遠く薄っすら明るく見えるのがモクポルト方面だろうか。
ロルフは先程購入した腰付け用光虫ランプを全員に手渡す。
「なんか中で動いてるよ?」
「ふぅん。こんな虫でも役に立つことがあるのね」
「そんなこと言わないで二人とも……」
腰につける場所が無くランプを手で持っていたモモは、シャルロッテとロロの言葉に顔をしかめる。
光虫ランプは、発光する小さな羽虫を光源に作られた簡易ランプのためどこにでもあり安価なのだ。――とはいえ今度買うことがあれば違うランプにしよう……さりげなく大の虫嫌いであるロルフは小さく心に誓った。