scene .4 ロロとクロン
ロルフは少女と少年を見つけ、近くのカフェのテラス席に座っていた。少女はロロ、少年はクロンというそうだ。
道中どうにか魔術ポーチは返してもらえたので、正直なところこの二人にもう用はないのだが、子供二人をそのまま町に放り出すのはロルフの性格上どうも気が引けてしまう。――また他の人の荷物を盗まないとも限らないしな……ロルフは、先程運ばれてきた大きなパフェをリズムよく口に運び、幸せそうな顔をしているロロを見る。
するとロロは、視線に気づいたのか、不機嫌そうにそっぽを向いて口を開いた。
「で? おじさんはわたし達にまだ何か用なの?」
「おじっ……」
「あっ、すみません……ロロ、お兄さんだよ」
「ふんっ」
謝られるとそれはそれで傷つく――まだ二十五なんだけどな……さっきの乗船案内係といい、今日はやけに年のことで傷つく気がする。
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――三十分前。
世界図書館へ向かう船への乗船口で、何やら揉めている声が聞こえる。
「大人の方が同伴でないとご乗船いただけません」
「なんでよ! ちゃんとチケット持ってるじゃない!」
「決まりですので……」
「お兄ちゃんも何とか言ってよ!」
「いや、でもほら、係の人も困ってるし……」
「ん~もう! 役に立たないわね!」
少女はそう言い放つと、ぐるんと後ろに向き直り、歩き出そうと勢いよく足を踏み出した。すると、
「ふわぁっ」
ぼすんと黒い人影にぶつかった。
「いったいわねぇ! どこ見て歩いてんのよっ」
ぶつけたおでこをさすりながら、少女が上を見ると、何やら見覚えのある男――ロルフが立っていた。
「あっ……さっきの……」
ロルフはすかさず少女の手からチケットを取り上げるとポケットにしまい、少女を乗船案内係の方へクルッと向けて「お騒がせしてすみません」と頭を下げた。
「はぁ……お父さんですか? お子さんはしっかり見ておいてもらわないと困りますよ」
「おと……! あ、いえ、よく言って聞かせます……」
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ロルフは小さくため息をつくと、気を取り直して再度二人に自己紹介をする。
「俺の名前はロルフだ。さっきから言ってるが、呼び捨てで構わないから名前で呼んでくれるかな……」
子供の、特にこんな高飛車な女の子の扱いがわからないロルフには、まさに手探り状態だった。このカフェに入ったのも、店の前の看板の“新名物! モクポルト山駅ビックパフェ”の文字を見たロロが一瞬目を輝かせたからであったりする。被害者であるはずの自分が気を使っていることに少し疑問を持ちつつも――世界図書館に着いたら子供との接し方の本でも読もう……そう思いながら、ロルフは二人に問いかけた。
「二人は世界図書館に行きたいのか?」
「当たり前でしょ! 何のためにチケット盗ったと思ってるのよ!」
「……」
ロロは盗むという行為を正当化して話しているが、全くもってそんなことはない。どうにかして両親の居場所を聞き出したいところだが、この調子では答えてはくれないだろう。しかし、少女の機嫌を直す方法が全く浮かばないロルフは、質問の対象をクロンに移すことにした。
「クロン、お父さんとお母さんはどうした?」
「あー……えと……」
クロンはばつの悪そうに、頬を指で掻きながらチラッとロロの方を見た。すると、「ひっ」と小さく悲鳴を上げてロルフに視線を戻し、
「あはは……」
と引きつった顔で笑った。本当に兄妹なのか疑問に思えるほど正反対の反応をしてくれる。
ロルフがロロを見ると、口の周りに生クリームをつけたまま、すごい形相でクロンをにらんでいた。「言ったら許さないんだからね!」という念がひしひしと伝わってくる。
「はぁ……」
ロルフは思わず大きくため息をついた。迷子かとも思ったが、心許ない様子が微塵も感じられないことから、恐らくこれは家出で間違いないだろう。クロンは自主的か親に頼まれたか知らないが、ロロを心配してついてきていると言ったところだろうか。この調子だと両親のことを聞き出す前に日が暮れてしまいそうだ。
ロルフがカフェの時計を見ると十四時を少し過ぎた所だった。午後の便は十六時発。この二人を親御さんのところへ連れていき、シャルロッテとモモを探していたら恐らく間に合わない。
――まいったな……三日後にはゴルトから頼まれた荷物を持って、届け先に顔を出す予定だったのだ。
まぁ、届け先の店主は時間にルーズな方なので、その辺りは大丈夫であろうが、問題はそこではない。四日後の午後になると、届け先の店がある地区に世界的に有名なサーカス団が来るというのだ。ゴルトによるとそのサーカス団がいる間は近隣駅の列車のほとんどの便が予約制となり、予約無くしてはほぼ乗れない状況になるらしい。
サーカス団の滞在期間は約二週間。その間町から動けなくなるというのは非常に不便だ。世界図書館を後に回せばとも思うが、店主に依頼されているという資料も何点かあるので、そういう訳にはいかない。どうしたものか……ロルフが頭を悩ませていると、店内に聞き馴染みのある声が鳴り響いた。