scene .22 覚醒
「あっちいってよぉ!」
徐々に近づいてくるクドゥを、ロロが思い切り押し返した。
「お、おわぁ」
「ちょ、ちょっとぉ!」
その力が思いの外強かったのか、クドゥは後ろに立っていたシピニアを巻き込んで後ろに倒れ込む。
――カランカラン。
と、その拍子にクドゥのポケットから何かが滑り落ちた。
その音にビクッと体を震わせたのは、騒動の間もずっとぼぅっとその場に立ち続けていたモモだった。
「かえして」
モモは落ち着いた声色で、そう呟くように言う。
音に反応して全員が黙り部屋が静まり返っていたためか、そんな小さな、落ち着いた声でもよく通った。モモはぼぅっとしたまま、ふらふらとした足取りでロロの横を通り過ぎ、尻餅をついたクドゥの前で立ち止まる。そしてクドゥに視線を向けるでもなくもう一度“かえして”そう口にした。
「あ、あぁ、これは、えっと、その……」
洗脳されているはずのモモが自ら動いたことに恐ろしさを感じたのか、クドゥは口籠りながら手探りで落ちた物を拾い上げ少しだけ名残惜しそうに見つめると、ゆっくりとそれをモモの方へと差し出した。それはテマタムアで老人に授けられた小さな筒だった。
少し凝った装飾がしてあるため、価値のある物だとでも思い掠めていたのだろう。
モモはそれを受け取ると、愛おしそうに胸に抱く。そして、
「ちからを、かして」
そう小さく呟いた。
すると、筒が光り出し瞬く間に辺りを眩い光が包み込む。その光を吸い込むように煌めきだした筒をモモが両手で握ると、今度は植物が成長するように光の紐が伸びていき大きな金槌の形を成した。
「悪い人、許さない」
そう言って金槌の頭を自分の方へ突きつけるモモに、クドゥは「わ、わるいだなんてそんなぁ、ね?」そう笑顔を取り繕う。
だがモモはそんなものは聞こえないとばかりに、自分の背丈と同じ程の大きさもあろう金槌を大きく振りかぶった。
「そんなもの振り回したらここにいる全員が生き埋めにな……!」
クドゥの言葉はモモには一切届いていないだろう。いや、そもそも洗脳状態のモモには他の音も聞こえておらず、周りも見えていないのかもしれない。
モモによって軽々と横薙ぎに振られたハンマーは、それに接触すらしていない天井や廊下なども巻き込んでクドゥの身体を吹き飛ばした。ブロックの崩れる音が、電力の弾ける音が、周辺に轟く。
ロルフはロロとヴィオレッタ、足元で転がる者たちを庇う様にシールドを展開した。咄嗟の事だったので、シピニアを庇うことは出来なかったが、クドゥが辺りの瓦礫もろとも吹き飛んだため無事だったようだ。ガクガクと体を震わせてはいるが……むしろ気を失わずにいることに驚きである。
と、金槌が光を散らすように消え去り、それと同時にモモも崩れ落ちるように倒れ込んだ。その身が床に打ち付けられる寸前、ロルフは間一髪滑り込むようにしてその身体を支えた。その瞬間、
「あひゃー! どえらくやったね。なになに、誰の仕業?」
そんな楽しそうな台詞と共に、扉ではなく、無くなった壁の穴からひょっこりとランテが現れた。後ろには、状況が飲み込めず不信そうな表情をしたエルラもいる。
「あ、アンタたち、もしかして」
シピニアはロルフたちの顔を見回すと、震えは止まったものの徐々に顔が青ざめていった。
元々居たロルフとヴィオレッタは仮面で顔を隠してはいるが、モモとロロ、新しく現れた二人は素顔が見えている。もしかすると以前グインミッテ貿易港でロルフとシャルロッテ指名手配されていたように、共に行動しているモモたちも一味として手配書に載ってしまったのかもしれない。
シピニアは帝国の人間ということだったので、その手配書を見たことがあるとするとこの反応には頷ける。
「アタシはそんなやつ知らないのよぉ? だって、ねぇ?」
「あ、おかあさ……」
何に言い訳をしているのか、ロルフたちを凶悪犯か何かと勘違いしたらしいシピニアは目を泳がせながらそう言って立ち上がると、足をもつれさせながら扉を開けて走り去って行った。それを呆気にとられたようにぼぅっと見ていたロルフたちだったが、ドスンという大きな音に思考を呼び戻される。
扉が開閉された振動のためか、壁にめり込むように張り付いていたクドゥが床に落ちていた。その顔に生気はなく、死んではいないだろうがしばらく通常の生活を送ることは出来なさそうだ。
「はぁ、なんなのかしら」
そんなクドゥの姿がなるべく目に入らないように、という気遣いか、ヴィオレッタは先程までは壁にかかっていた飾りの布を拾い上げると広げてその上に掛けた。
「ワタシが罰を与えたかったけど、拍子抜けだわ。なんだかスッキリしたくらい」
そう言いながらも姿が見えなくなったクドゥの頭であろう膨らみを足で軽く踏みつけてはいるが、その言葉に嘘はないのだろう。ヴィオレッタは伸びをすると興味を失ったようにランテの横を通り過ぎ床に落ちているものを拾い上げた。
それ――バラバラに散らばってしまった紙幣の一枚を一瞬見つめると人差し指と中指で挟んで肩の横辺りでヒラヒラと振る。
「これ、戻しておいてくれる?」
そんな勝手な台詞を口にしたかと思うと、その紙幣を空中に放った。そして、「まぁ、大体でいいわ」そう付け足し持つ物が無くなった手指をヒラヒラと動かすと、軽やかな足取りで廊下を歩いて行った。




