scene .21 望まぬ展開
「あ、あいたぁ……」
ベタンと思い切り床にぶつけたおでこを両手でさする。驚きすぎて目に浮かんでいたものがすっかり引っ込んでしまったが、お陰で視界はとてもクリアだ。――そうだわ、一体何が……! ロロは何が起きたのかを確認するため、後ろに視線を向けた。
すると、見覚えのある姿が二つ、ロロの体を拘束していた人たちやその周りにいる人、大きな音に集まってきた人々を蹴散らしている――と言うと暴力的に思えるが、正式に表現すると一人が開けた穴の中に、二人で息を合わせて落とし入れている所だった。
「あれ、ロロたん!?」
「どうして……?」
穴あけ担当のランテが呆気にとられるロロに気付く。
作戦を聞いた限りだと、ランテとエルラは有事の際のために会場の入り口付近で待機、ということになっていたはずだ。
「あー……えと、騒がしいから何かあったと思って突入しちゃった!」
敵の動きを観察しながら目を泳がせるという器用なことをしてから、ランテは片目を瞑りチロっと舌を覗かせる。
騒ぎがあってから駆け付けたとして、ものの数分でこの場所に辿り着ける……ということは、待機していた場所がとても近いか、もしくは元々この二人がどこからか既に侵入していたということになるだろう。
マダムリンデの話からすると入口からは大きな会場への道しかないという話だったため、恐らくは後者、いや、でもお陰でロロは助かったので、その辺りは言及するべきではないのかもしれない。
「そしたら小さい子が取り押さえられてたからさ、よっと! ほら、助けない訳にはいかないじゃん? ……まさかロロたんだとは思わなかったけど」
自分勝手に行動していることをロルフたちに言い付けられるのではと思ったのか、黙って敵を捌くエルラとは対照的に、ランテはペラペラと言い訳を続ける。
そして、ロロも同じように言い訳をしたい側だということには気づかず、
「きっとロロたんがここにいるてことは何か訳があんだよね。行っといでよ、ここはどうにかしとく……からさ!」
そう言ってロロを背中側に庇い二ッと笑った。エルラもロロの方に半分だけ顔を向けると、小さく頷く。
ロロは騙しているようで少しだけ申し訳なさを感じつつも、この場は二人に任せて母を追いかけることにした。と言っても、すぐ目と鼻の先の扉を開けるだけだ。
「ありがとう」
珍しく素直にお礼を口にすると、ロロは勢いよく扉を開いた。
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「おかあさん!」
そんな声と共に扉が勢いよく開き――それと同時に部屋に飛び込んで来たのは、ロルフたちも良く見知った顔だった。
この場にいるはずのない存在に、ロルフは目を丸くする。
「ねぇ、お母さん!」
ロロの方もロルフと視線が交わった瞬間驚いたように目を見開いたがそれも一瞬で、すぐに目的であろう“お母さん”の方に向き直った。
ロロだけではなく、ロルフとヴィオレッタ、そしてクドゥの視線が自分に集まっていることに気付くと、シピニアは「あ、アタシ!?」そう叫んでソファから勢いよく立ち上がった。
だがすぐに、なるほど! と何かを思い出したような表情を浮かべ、ロロの前までゆっくりと歩き近づくと、
「残念だったわね」
そう耳元で囁き、にやりと笑った。
ロロはその表情……特に口元を見て動揺を隠せないように、そ、そんな、そう呟く。その歯はギザギザで、ワニ族やサメ族などの一部の種族に見られる口元の特徴そのものだった。ロロの母はもちろんリス族である。ロロの記憶でも自分と同じような他の種族と同じ歯をしていた、はずだ。ここで断言できない程に、母の記憶が薄れていることに気付いたロロは顔をくしゃりと歪ませる。だが。
「ね、ねぇ! お母さんは? どうして……どうしてお母さんの顔」
厄介ごとは御免だと言わんばかりの身のこなしで、そそくさとロロの横を通り部屋から退室しようとしていたシピニアの服の裾を、ロロはグイっと引っ張った。
歯は記憶にある母のものとは違っていたが、顔はどう見てもロロのよく知っている母の顔なのだ。それは写真で毎日のように確認していたので間違いない。それに、ここまできて早々に引き下がる訳にはいかない。
「あのねぇ……」
シピニアはイラっとした様子で視線をぐるりと回しロロの方に顔を向けると、
「アタシはアンタのママじゃないってわかったわよねぇ?」
そう言ってロロの手を振りほどきイライラした様子で前髪をかきあげると、はぁ、と大きな溜息をついた。
「一回だけよぉ? 大サービス」
そしてロロを包み込むように軽く抱きしめる。
「これでいいわね、ハイ。おしまい……ってちょっとぉ、なんだっていうのよぉ!」
シピニアの腕から解放されたロロは、大粒の涙をこぼしていた。
そんなロロを見て何を思ったのか、シピニアはクドゥに助けを求める。
「ちょっとアンタ、何とかしなさいよ!」
「そういわれましてもねぇ、私は子供のお守など……」
シピニアはもちろん、クドゥもロロに気を取られているためだろう、ロルフたちへの技の効果が少しずつ解けかけていた。
なぜ、そしてどのようにしてロロがここまでやって来たのかは分からないが、この場は感謝である。
アワアワとする二人を尻目に、ロルフは視線でヴィオレッタに指示を送った。思考を読み取られるという行為にはいつまでも違和感を覚えるが、こういう時には便利な能力である事は認めざるを得ない。
そんな時だった。




