scene .14 救出作戦決行
「アンタあんな感じのが好みだったのかい。通りで今までの男らにゃピンとこない訳だ」
本当の娘と恋愛話をするように「さっきの態度もねぇ、成程そういう事かい」そうニコニコ、ニヤニヤと笑いながら作業を終えたマダムリンデは、ヴィオレッタの脇腹を肘でつついた。
そんなマダムリンデの言葉に、ヴィオレッタはツンとした表情は変えぬまま少しだけ恥ずかしそうに視線を動かす。
「まぁ、今はやるべきことに集中さね」
優しさは残りながらも、急に真面目な雰囲気で背中を強めにトンと叩かれたヴィオレッタは、何かスイッチが入ったかのように凛々しい表情で「そうね」そう言って頷いた。
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――カンカンカン!
小気味の良い音が会場に鳴り響き、質素な服装に身を包んだ年端も行かぬ少年少女が売買されていく。その誰もが虚ろな目をしており、首元には先日にも見た首輪がつけられている。恐らく自身がどこにいるのか、何故この場にいるのか、誰一人として理解していないであろう。
これで何人目だろうか。ロルフは隣の席をちらりと見た。
何ごともなく会場に潜入することができた二人は会場の少し後ろの方、ステージから見て左側の席に案内されていた。入口付近で恐らく見張り役であろう輩にちやほやされ上機嫌だったのも束の間、オークションが始まり一人、二人、と売買が進んでいくにつれ、ヴィオレッタの苛立ちは驚くほど急速に募っていった。もうすぐその数が二桁に到達するであろう現在、今にもステージ上に殴り込みに行くのではないか心配になる位の苛立ちを空気越しに感じる。今までのヴィオレッタの憎まれ口や嫌味は彼女にとってただの戯れだったのではないか、そう思える程の怒りのオーラに満ちていた。本当であればすぐにでもこんなオークションを、開催している輩や参加者を、再起不能にしてやりたいと思っているに違いない。
とは言え、ヴィオレッタも感情を隠すプロである。一組一組の席が隠すようにして高い仕切りで囲われており、参加者同士もほぼ接触することのないように離れた位置に配置されているため、大きな行動を起こしさえしなければ誰も気づくことはないと考えての態度なのだろう。
「ヴィオレッタ」
近くの給仕から飲み物を受け取ると、ロルフはヴィオレッタの方へ差し出した。
それを一瞥すると、ヴィオレッタは引き抜くようにグラスを受け取り一気に飲み干す。
「はぁ」
「落ち着いたか?」
お礼を言う訳でもなく、ヴィオレッタはグラスを外側のテーブルへ置くと腕を組んでフイッと顔を背けてしまった。
本心を言えばロルフもヴィオレッタと同じく怒り心頭だ。だが、自分よりも怒っている人間がいると多少冷静になれるものである。少なくとも、モモを救出するまでは変な気を起こされては困るためしっかりと見張ってなくては。
ちなみに、もしモモがオークションの商品として攫われたのではない場合はこのまま潜入し、捜索する予定である。その場合、戦闘となる可能性は極めて高い。混乱に乗じて近くで待機しているランテとエルラにも加勢をお願いしてはいるが、いつぞやのように船ごと逃げられる可能性も否定はできないため、出来ればこの流れでモモが出てきてくれることを祈る。
と、ロルフが自分用に取ったグラスに口をつけた時だった。会場の雰囲気がガラリと変わった。
元々それ程明るくなかった会場が更に暗く、橙色を基調とした間接照明のような明るさに変貌し、ステージ上も中央にスポットライトのみが当てられている。
「さぁて皆さん、本日の目玉の商品紹介のお時間です」
どこかで聞いたような男声が会場に響く。そしてスポットライトの元に現れたのは……
「あいつ……!」
立ち上がろうとしたロルフをヴィオレッタが腕で制する。
あの時の成金男だ。今までの競売人は別の人物であったが、目玉商品だけは自分で取り仕切ろうというのが何とも奴らしい。
「新ものだが活きはいい! 珍しい生命系の色持ち、それもどこぞやの森の番人で精霊付きです! お得意様である三番様のご所望の商品でございます」
その言葉と共に男が両手を上に広げると、会場は大きな拍手に包まれた。
すると、他の少年少女たちと同じように首輪をつけられ虚ろな目をしたモモがステージに現れた。洗脳はされているものの、無事な姿を目にして安心したロルフは、少し浮いていた腰を椅子に落とし、ヴィオレッタと共に形だけ真似るように手を何度か叩き合わせた。
三番。ステージから見て右側、ロルフたちがいるのとは反対側に配置された最前列の席である。こちら側からではほとんど見えないが、組まれた女性の足らしきものが囲いの端から覗いていた。
「……それでは三番様、開始価格のご提示を!」
モモが出てきた後も求めたタイミングで湧き起こる拍手に気をよくしながら何やら長々と語った後、成金男は三番の席に向かって手を伸ばした。すると、手先らしき人物が一人ステージの端から三番の席の方へ小走りで向かったかと思うと、すぐに成金男の元へ戻り何かを耳打ちした。
それを聞いて成金男は満足そうに口角を上げる。
「開始価格が決まりました! 今回はなんと! 二千万リアからです!」
二千万リア。その数字を聞いて、会場はどよめいた。