scene .13 作戦準備
「ほいよ」
これまた手際よく手直しされたドレスを受け取ったヴィオレッタは、再び部屋で着替え戻ってきた。ドレスは印をつけた箇所――ウエストの両サイドが切り取られており露出度が上がったものの、全体的な雰囲気は変わらず上品さを保っている。その辺りのバランスはさすがマダムリンデと言うべきところだろう。
「おーこれならパーンってならないね!」
「そうだろう?」
ドレスを見たシャルロッテの感想に、マダムリンデは楽しそうに答える。
それでいいのか、と思う所だが、賛辞は嫌という程聞いている彼女だからこそ、シャルロッテの素直な感想が物珍しく面白いのかもしれない。
「あのねぇ、ヒトのお腹で遊ばないでくれない?」
穴から覗く素肌をつついたり摘まんだりして楽しむ二人に、ヴィオレッタは呆れた様子でそう言う。ウエストの話題も、クロンが戻ってきていない事で気になる事ではなくなったらしい。
マダムリンデは思い出したように「あぁ、そうだ」、そう言ってやたらと大きいジュエリーボックスを引っ張り出すと、
「これを着けな。あとは……これ、いやこっちだな。後はこれと……」
中からネックレスやピアスなどの装飾品をいくつか取り出し、ヴィオレッタにあてがいながらテーブルの上に並べていった。そして一通り出し終えると次はメイクボックスをテーブルの上に広げる。
「メイクは?」
「自分でするわ」
「舞台とは違うからね、濃くしすぎるんじゃないよ」
わかってるわ、ヴィオレッタはそう言うとメイクボックスの前に座り、並べられた装飾品を取り着け慣れた手つきでメイクをし始めた。
「んじゃアンタのヘアセットは私がしてやるよ。そこに座んな」
簡易的な低めの椅子を組み立てると、マダムリンデは扉をノックするようにその座面をコツコツと軽く叩いた。
そこまでする必要があるのかと少し疑問に思ったロルフであったが、潜入である事を感づかれないためにはそれ位で気合を入れて準備する位で丁度よいのかもしれない。ロルフがお礼を言いつつ大人しくその椅子に座ると、マダムリンデは伸びてきていた前髪を少し切り揃え始めた。
「マダムリンデって何でもできるのね」
「まぁね。団にいた頃ぁこれ位は出来ないとやってけなかったのさ」
あんなにたくさんいるのに? サーカス団員って大変だわ……そんなロロの言葉に、いつだって人手が足りてないからね。そんな風に答えるマダムリンデは、どこか懐かしそうに目を細めた。だが、その手は止まることなく作業を続け、あっという間にロルフのヘアセットを終えた。
「はいよ、こんなもんでいいかね」
「お風呂あがりみたーい!」
全体的には普段の流れのまま、前髪を少し上げているその姿がタオルドライ後の髪型に見えたのか、シャルロッテがそう言って笑う。
「こら、やめろシャル」
「はーい」
出ているおでこを指の先でペチペチと触りだしたシャルロッテを手で制するように退けると、ロルフは椅子から立ち上がった。
そして、タキシードと共に制作して貰ったドミノマスクを手に取り姿見の前で顔に合わせる。ヴィオレッタにと出された物はシンプルに目元だけを隠す形のものにストーンなどの装飾が施されているデザインだが、一度成金男と顔を合わせたことのあるロルフの物は左右の形が均等ではなく鼻まで隠れる少し大きめなデザインになっていた。仮に奴に出会うことがあっても、このマスクであればそう簡単に気付かれることはないだろう。
「そいつは森の中に入ったらすぐにつけておくんだね」
マダムリンデはそう言いながらロルフの姿を確認するように後ろに立つと、満足そうに深く頷いた。ロルフが上着に袖を通す前、最近は女物の服ばかり仕立てているからと珍しく弱気な台詞を口にしていたのでブランクがある制作は少し心配だったのかもしれないが、そこはさすがの腕である。ヴィオレッタの紹介のせいとはいえ、腕を疑ってしまったことを謝ったくらいだ。
それはそうと、いつどこから監視されているかわからないため、ロルフもマスクを森に入ってすぐにつけることには賛成である。暑さは多少心配ではあるが……
「さ、出来たわ。行きましょ」
と、普段よりも少し濃いめ、だが舞台に立っているときよりは薄めのメイクをバッチリと決めたヴィオレッタが席を立つ。そして、結ばずに首の左側から前に流された髪を、マダムリンデがふわふわと触りながら何やら霧吹きを吹きかけているのを気にも留めず、辺りをきょろきょろと見回した。
だが、お目当てのものが見つからなかったのか少し不貞腐れたかのように口を尖らせると、
「んもう、クロンに元気を貰おうと思ってたのに」
そう呟いた。
その言葉に大袈裟に反応したのはマダムリンデだ。作業を続けながら、目を丸くして首を左右に揺らし驚いた表情をしたかと思うと、嬉しそうに笑みをこぼす。