scene .11 合わないタイミング
気のせい、そう言いながらもどこか引っかかりを感じていそうなロロにロルフは「本当に大丈夫か?」そう問うが、「うん」と簡素に答えるだけの彼女にそれ以上追及することはしなかった。
もし他人では話にくいことなのであれば、宿に戻った後にでもクロンに相談するだろう。
「ねぇ、わたしなんだか疲れちゃった。そろそろ宿へ戻らない?」
「そうだな、シャルとクロンもいいか?」
「さんせーい」
「僕も大丈夫です」
ロロの言葉に、他に行く宛てもないロルフ達は言っていた時間よりも少し早いものの宿に戻る事にした。
何より暑すぎて、これ以上目的もなく外をただ歩くのは心身ともに疲労するため、一通り見て回ったこのタイミングで引き上げるのは良案なのかもしれない。
「夜ごはんなんだろなー!」
「まだ早いんじゃない?」
「えー!」
そんなシャルロッテとロロの他愛もない会話を聞きながら、もしかしたら見慣れぬモンスターについて話している人がいるかもしれない、そう思ったロルフは街の人々の声にも耳をそばだてるが、思っていたような情報は得られないまま気付くと宿に辿り着いていた。
暑さ以外に気をやっていると、思っていたより街は狭いらしい。
「たどぁ……むぐぅ!」
普段屋敷に戻った時のように大きな声でただいまと言おうとするシャルロッテの口を、ロルフは慌てて塞ぎながら静かに宿の扉を開けると、ジャデイが苦笑いで迎えてくれた。
街の様子を見てきた今、そこまで神経質にならずとも良い気もしているが、これ程まで神経質になるのにはご近所などの関係などもあるのかもしれない。厚意で泊めて貰っている以上、迷惑を掛けたくもないため従うに越したことはないだろう。
「お帰りなさい、暑かったでしょう」
「えぇ、まぁ」
「まぁじゃないよ! すごく暑かった!」
ロルフの反応に反論するようにそう言い放ったシャルロッテの言葉に笑いながら、ジャデイはロルフ達を朝と同じテーブルに案内した。そして席に着いたロルフ達の前に、お茶と茶菓子を並べる。
「もしかしたら早くお帰りになるんじゃと思いまして」
お礼もそこそこに、シャルロッテとロロは競うかのような速さでお茶を飲み干した。その様子をみたジャデイはすかさず、だが丁寧にお茶を継ぎ足す。
「ん、おいしい!」
お茶と一緒に出されたお菓子を少し口に含んだロロが、驚いたようにそう口にした。
ぱっと見はゼリーのようなそのお菓子は、特産のフルーツ特有の深い赤色に黒いつぶつぶ、そして他の素材の色か紫などの色が混ざって少し不気味な見た目をしていた。そして、ゼリーのような弾力はなく硬めのバターのような感触なのである。
そんな姿に珍しく手を付けず様子を窺っていたシャルロッテも、ロロの感想に安心したのか調子よく食べ始めた。
「ランテちゃんきかーん!」
「ただいま戻りました」
と、ご機嫌な掛け声と共に戻ってきたのはランテとエルラの二人だった。
二人も訪れることのできる場所を行きつくしたのか、別々に見て回ったとは思えない程ロルフたちとほぼ同じタイミングでの帰還だ。
「おー? 何食べてんの?」
「夕食までまだ時間があるのでお茶をお出ししたところです。お二人もよろしければお召し上がりください」
ランテの言葉に、ジャデイはこれまた手際よくお茶を用意しながら二人を席に導く。
出された茶菓子を見て要らぬことを言おうとしたランテであったが、美味しそうに頬張るロロ達を見て珍しく言葉を飲み込むと、ロルフの方を向いて別の台詞を口にした。
「そういやヴィオレっちには会った?」
「いいや」
お茶を飲もうとしたロルフは一瞬カップから口を離すと、ランテを横目で見ながらそう答える。そして、訳があって現れたモンスターについての話を聞けなかったことを説明した。
「んー、そっか。じゃ、ヴィオレっちにはうちらから伝えておくよ」
「あぁ、ありがとう。俺も見かけたら詳細をランテに聞くように伝えておく」
「おっけ」
そんな会話をしたものの、ヴィオレッタはその日宿に戻ってくることはなかった。戻ってこなかった、というよりは、ロルフ達が寝静まってから一瞬戻った後、またすぐに出かけて行ったらしい。
ヴィオレッタとしては少しでも早くモンスターたちを見つけてやりたいのだろうが、その行動が裏目に出てしまっているのが何とも皮肉である。こんな事ならば一瞬でも出会うことのできたこの宿の主に言伝しておくのだった。そんな後悔をロルフがしたのはそのさらに翌日の今朝、モモ救出作戦決行の当日の朝であった。
オークション開催日にもかかわらず、ヴィオレッタが宿に居ないという事態が発生している。開場時刻は夕方頃とは言え、日が煌々と輝く時刻になっても現れないヴィオレッタに、マダムリンデがついにしびれを切らしかけたその時だった。
「はぁ、いいお湯だったわ」
そんな呑気な台詞と共に、入口とは反対側の扉が開き一つの人影が現れた。