scene .10 母と狂信者
それから程なくして、ランテから聞いた方向に歩いていると教会が見えてきた。
元々それ程大きな街ではない上に約半分はこの地で働く者たちの住居であるため、この暑さの中見て回れる場所同士さほど距離がないのが唯一の救いだ。恐らく順番こそ違うものの、宿屋へ戻った時に訪れた場所の話をすればほとんどが共有できるだろう。とは言えその程度の距離の移動でも、先程取ったはずの涼は忘却の彼方にあるに等しい。
「あつくてとけちゃうよぉ」
そう言いながらロルフの腕にへばりつくようにして歩くシャルロッテをロロが疎まし気に見る。
そんなに暑いのなら離れればいいのに、そうロロが何度言ってもシャルロッテはロルフの腕から離れようとしなかった。というのも、すぐに迷子になるシャルロッテと二人で出掛ける際に、そうするよう言いつけたのはロルフであったりする。最近はモモが居たため互いに忘れかけていたが、シャルロッテとしても見ていてくれる人が居ないという無意識的な不安からかその言いつけを思い出したようで、この街についてからは気付くとロルフの腕に引っ付いている。
それ故に、シャルロッテのくっついている左腕は既に形を保てているのか怪しい位水浸しな感覚があるものの、言いつけを守っているだけのシャルロッテのことを思うと、ロルフとしては自ら引き剥がせるはずもなくこのやり取りが何度も交わされているのだった。
モモがいてくれたら、居なくなってしまってから何度思ったかわからないことを思いつつ、ロルフはやっとたどり着いた教会の入り口に足を踏み入れた。
「うわぁ……」
その雰囲気に、クロンが思わず口を開く。
窓が少ないためか中は全体的に薄暗く、しかししっかりと手入れが行き届いているためか陰気さは感じない。むしろ、
「なによ、アレ……」
目の前の光景に、ロルフたちはランテの言っていた“なんかちょっと煌びやかすぎて凄い”という意味を無条件で理解させられていた。
本来祭壇が見えるであろう位置には、教会の広さにそぐわない程大きい信仰対象者の像が置かれており、それが宝石や貴金属で眩しい程に飾り付けられている。さらにその装飾は像だけにとどまらず窓や扉にまで至っており、未だ椅子などに装飾を施そうとしている者たちもいた。
あまり宗教に詳しくないロルフだが、神聖さや荘厳さを欠片も感じられないこの異様な空間を教会と呼んでよいのか、そんな風に思ってしまう。
「……ちょっと待って」
眉間にしわを寄せて辺りを見渡していたロロが、今度は何やら怪訝そうな表情で像を見つめだした。そして、
「おかあ、さん?」
そう呟いたロロの表情は、不安と驚きと、どこか希望を見つけたような、そんな複雑な感情を内包しているようだ。
「あーらあらあら! 小さいのによぉくわかってるわねぇ! あなたドコの子かしら? いい子だわぁ!」
そんなロロから視線を奪い取るように、目の前に現れたのは老婆だった。その老婆はロロの両肩を掴むと、「あなたには母なるあのお方を崇め、お力を借りる権利があるわぁ!」目を見開きながらそう言って体を大きく揺さぶり始めた。
「ちょ、ちょっと! わたしはそんなつもりじゃ」
「すみません、ちょっとおばあさん」
突然の出来事にうろたえるロロから老婆を引き剥がすように間に割って入ると、ロルフは「困っているのでやめて貰えますか」そう強めの口調で老婆を諭した。
だが、老婆にはロルフのことなど見えていない様子で、
「あぁ! 邪魔よ!」
そう言いながらロルフの後ろへと行こうと右へ左へ体をふらつかせる。
――駄目か。ロルフは引いてくれなさそうな老婆の様子を見て、この場を離れることにした。
ヴィオレッタのモンスターについての目撃談はランテ達が一度聞いているはずだし、宗教についての探りはまた今度でよいだろう。自分だけで話を詳しく聞くならばこの老婆はとても良い存在かもしれないが、とりあえず今はロロからこの老婆を引き離したい。
「すみませんが今日の所はこれで」
「その年であのお方の魅力に……お話だけ、少しだけでいいのよ……」
未だロルフの後ろを覗き込もうとしながら話を続けようとする老婆に背を向けると、ロルフはロロの姿を老婆から隠すようにして入ってきた方向へ歩き出した。
「二人も行くぞ」
「あぁ! まって!」
後をついて来ようとする老婆を撒くように、人の波を縫うようにして教会の敷地から離れる。
そして木陰のベンチにロロを座らせると、
「大丈夫か、ロロ」
そう聞きながらロルフはロロの前にしゃがんだ。
「悪かったな。あんなことになるとは」
だが、自分の方を見ず名残惜しそうな視線を教会の方へ向けるロロに、ロルフは言葉を止める。
シャルロッテとクロンのどちらかが付いて来れていないかとも思ったが、後ろを確認すると二人共心配そうにロロの方を覗き込んでいた。その上、視線の方向は間違いなく今歩いて来た方に向いている気がする。
「……もしかして話を聞きたかったか?」
自分が無理やり引き剥がしてしまったのでは、そう思い少し寂し気な表情をしたロルフを見たロロは、ハッとしたように首を大きく振った。
「えっ、ううん! 違うの! ただ……」
「ただ?」
ロロは視線を下に落とすと、考えるように少しだけ沈黙する。そして、もう一度首を振ると、
「なんでもないわ! 気のせい、だと思うし」
そう明るい声で言い放った。