scene .9 目撃情報
パタパタと手で仰いでいるものの、その程度では大して涼しくならないのか火照って赤くなった頬は相変わらずの色をしている。
隣に座るエルラも、涼しい表情とは裏腹に首元からは幾筋もの汗が垂れていた。フラグメンタ・アストラーリアにいた時は柔らかくて暖かそうに見えた彼女のふわふわの髪が、この大陸に来てからは暑苦しさの象徴のようにも見える。
「あ、そだ!」
ランテはそう言うと、土産屋の包みのようなものをテーブルに広げ中身を取り出した。それは、青や水色などの涼やかな色の星と、白と言っていい程薄いクリーム色の星とが連なっているデザインのアクセサリーだった。クリーム色の部分は、恐らくすぐそこの湖付近で採取された砂なのだろう、青や水色の部分のつややかな見た目とは異なり、少しざらついていて、光を複雑に反射している。土産物屋によくありそうな品である。
「ねーそれなぁに?」
「ふふん」
シャルロッテの質問にランテは得意気な表情をすると、慣れた手つきでエルラの髪を二つに分け梳き始めた。そして手際よく三つ編みを作っていく。
「これをこうして、と」
左右に一本ずつ作られた三つ編みを互いに絡みつけ合うようにくるくると巻き付け、最後に中央から出た毛先を先程のアクセサリーでパチンと留めた。
「はい! いっちょあがり!」
「おー!」
普段の髪型でも充分に上品さのあるエルラだが、髪が纏められたことによってその雰囲気は更に高貴なものになっているように感じる。それはまるで、
「さすがお姫様ね」
少しだけ恥ずかしそうにテーブルの方に向き直ったエルラの姿を見たロロが、感心したようにそう呟いた。
着ているものがワンピースでありながらも、舞踏会に参列しているような雰囲気が漂っている。周りの席の人達の目にもそう映っているのか、チラチラとエルラを見る視線があるほどだ。
「でっしょー! うちはこの髪型好きなんだけどね、エルラが嫌がるんだよねぇ。今日は流石に暑すぎたのか許してくれたんだけど」
ランテは自分が褒められているかのような表情で、腕を組みながらうんうんと大きく頷いた。
そして周りの視線にも気付いたのか、
「いつもねぇ、やってあげるって言うんだけど、毎度毎度いつもね? 首がスースーするって言ってね! いつもは首元が覆われてるから……」
「ら、らんてっ」
“いつも”という単語を強調しながら、周りに聞こえるよう声のボリュームを大きくしはじめたランテの語りを、エルラは慌てて静止する。恥ずかしさのせいか、店に入ってきた時よりも頬の赤みが増しているように見えるのは気のせいではなさそうだ。
「エルラも大変ね……」
そんな二人を見ながらロロはそう言って最後のフルーツを口に運ぶ。
ちらりと視線を兄に向けたのは、普段煩わしいと思っているヴィオレッタに似たものを感じたからだろう。ランテはヴィオレッタと似ているようでまた少し違ったうっとおしさがある。
「あ、ねぇロルっちさ」
届いたばかりのドリンクを半分ほど一気に飲んだランテは、相変わらずシャルロッテの世話を焼いているロルフに声をかけた。
「なんだ?」
「この先の教会にさ、びっくりするくらい人が集まってるんだけど」
ちらちらと辺りを気にする素振りをした後、ランテは声を潜め言葉を続ける。
「なんだか見知らぬモンスターがここの裏の森辺りをうろついてるって噂が流れてて」
その言葉に、ロルフの頭には一つの可能性が浮かんだ。恐らくランテも同じことを言いたいのだろう。
「なるほど、ありがとう。ヴィオレッタに伝えておこう」
「うん。もしあれなら確認しがてらロルっち達も教会に行っといでよ! エルラ曰く神じゃないらしいヒトの像が建てられてるんだけど、なんかちょっと煌びやかすぎて凄かったよ」
ランテの説明ではどんなものなのか具体的なイメージは出来なかったが、教会というとマダムリンデが言っていた怪しい宗教が思い浮かぶ。
その神ではないというヒトがその宗教の信仰の対象であることは間違いないだろうが、その者がどんな教えを説いているのか、はたまたこの街の人たちがどうしてそこまで熱心になれるのか、その宗教の内容に少しだけ興味があった。それに、先程近くの席の男たちが話していたことも、事実であるか確認することができるかもしれない。
「……じゃぁそっちの方に行ってみるか」
「行くのー?」
パフェを食べ終えたシャルロッテの口を拭くと、ロルフは頷いて席を立った。それに続くようにロロとクロンも立ち上がる。
「んじゃねー!」
「あぁ、また宿で」
「いってきまーす」
頭の上で手を振るランテと、それにつられて手を振りかけたものの恥ずかしくなったのか頭を小さく下げたエルラに別れを告げ、ロルフたちは店を後にした。