scene .3 地下に潜む
このタイミングで突然この話題を出せばある程度のことは感づかれてしまうであろう質問に、全員の視線がランテに集まる。
言動には表さないものの、モモ誘拐事件の責任を感じているのかもしれない。
「ほぉう?」
一瞬の間の後、マダムリンデはランテの目をじっと見つめた。考えを読み取ろうとするような、何かを探り取るようなその視線に、ランテは少しだけたじろぐように後ろに体を動かす。
「成程。冷やかしって訳じゃぁなさそうだね」
二ッと口角を上げたマダムリンデは、自身の荷物から丸められ筒状になった大きめの紙を取り出した。
そして、するすると筒を結んでいた端切れを解くと、テーブルにその紙を広げる。
「詳しい話はしないが、昔ヴィオレッタに話を聞いてから私も個人的に調べてたのさ」
六人掛けのテーブルの隅で広げるには少し物足りないサイズのその紙には、黄土の大陸の街道や川、森などの名称が書かれており簡易的な地図のようになっていた。中央から少しずれた所にこの街の名前――アレイガラも書かれている。それ以外には、
「このバツしてあるのは何?」
シャルロッテが指さした場所――とその他の二か所、つまり計三か所の特に何もなさそうな位置にバツ印が書き込まれていた。
「アジトの位置だわ……」
いつの間にかマダムリンデの後ろに移動し、覗き込むように地図を見ていたヴィオレッタはそう漏らすように呟く。
「そうさ、この辺で悪事を働いてるっちゅう――さっきお前さんが言ってたやつだね。そいつらのアジトだ」
マダムリンデは、お前さん、そう言いながらランテの方を見た後、地図へと視線を戻した。そして、さすがだ、そう言いたげに口元を緩めると「さすがに知ってたかい」そう言ってバツ印を指でトントンと叩いた。
「まぁね。特にここは何度か偵察に行ってるわ。でも奴ら、見張りが厳しくてワタシでも中までは……こっちの印は?」
細長いヴィオレッタの指がバツ印から近くのマル印へとスライドする。アレイガラの一番近くに書かれたバツ印と街との丁度中間程の位置に書かれたそのマル印の中心には、教会と書かれていた。
「これは私も最近見つけたんだが」
マダムリンデは地図とはまた別の何も書かれていない紙を取り出すと、さらさらと図を書き出していく。
教会と書かれた建物の下に大きな地下空間、そして、その地下空間には三か所のアジトから地下道と注釈された線が繋がっている。
「昔この辺りは地下道が繋がっていてね」
マダムリンデははそう言って背もたれに体を預ける。
「大陸間交易用の地下通路ですね」
「へぇ、よく知ってるじゃないか」
マダムリンデはエルラの言葉に目を丸くした。
地下道が使われていたのは古、と言っても良い程昔の話であり、閉鎖されたのすらマダムリンデさえ生まれる前の事である。残された宝を求めトレジャーハンターたちが地下道に潜ったと話題になったのももう何十年も昔の話だ。つい先日、そんな地下道の魔法陣を使ってロルフ達がこの大陸にやってきたことなど知らぬマダムリンデが驚くのも無理はない。
好奇心が溢れ出ているマダムリンデの視線に話題が逸れる予感がしたのか、エルラは詳しく話さず「ええ、まぁ」そう微笑んで場を流す。
「で、その通路なんだが」
マダムリンデは図を書き出した紙を地図の横へとずらすと、地図上のアジト全てを囲うように指で大きく円を描いた。
「恐らくこの辺りだけが孤立するように、元来開通していた道が破壊されてるんだ。そんで、たまたまなのか図ったのか、その丁度中心に建ってるのがこの教会でね。――つまりデカい地下空間、すなわちその取引場の入り口だろうって訳さ」
「目につきにくく音の漏れない地下に会場を作りたい奴らとしては、アジトとを結ぶのに再利用できる使われなくなった地下通路の存在は好都合だったってことね」
そういうことだろうね、そう言いながらマダムリンデは教会の位置をペン先でトントンとつつく。
一瞬の静けさの後、「あれ?」というランテの声が部屋に響いた。
「ってことはその教会には見張りはいないってこと?」
「いいや、アジトと同じく常に数人の見張りがいた。厄介なことにね」
「じゃぁマダムリンデはどうやってそのことを知ったのさ」
確かに中に入れなかったとすると、教会の下に大きな地下空間があるという事は知り得ないことだ。
見張りが居ない時間があるか、はたまた欺くことができるか、もしくは……
「そりゃぁ、秘密さ」
マダムリンデはおどけた様に口の端を上げる。彼女からしたらただ単に重要な情報ではないと判断しただけなのだろうが、作戦会議において情報を隠すという行為に思う所があったのか、ランテはどう返答して良いかわからず思わず口を噤んだ。
その僅かな間を我が物にしたのはロロだ。