scene .32 ×××
「随分上手に操れるようになったわねぇ」
そこら一帯が砂だらけの丘の上、轟音を立てながら落ちていく大きな炎の塊を満足げに眺める二つの人影があった。
その内の背の高い方、日差しを遮るように眉の上あたりに手を当ててそう言った人物の声は、美しい女性の姿とは裏腹に、男性の裏声のようである。
「ブラッド、よろこぶ?」
そんな事を気にする素振りも無く、黒くて長い髪と裾の大きく広がったスカートを風になびかせながらそう問いかけるのは、まだ十にも満たないであろう幼い少女だ。問いかけながら首をかしげる少女に、美女は大きなクマのぬいぐるみを抱かせながら「えぇ、とっても。ね」そう答えた。
二人がそうして他愛のない会話をしていると、二人の傍に開いている大きな陣から一人、赤紫色の髪の女が顔を覗かせた。じっとりとしたその視線に二人が気付くと、女は大袈裟に手を叩き「はいはいはい、よくやったわ」と吐き捨てるように言う。そして、
「さっさとしてくれない?」
そう少し強い口調で付け足した。とげとげとした声色と同じく、その表情からも大分イライラしている様子が見て取れる。
「リュビはともかくシピニア、お喋りなんて貴方随分余裕ぶってるじゃない? その研究者の女の姿も気にくわないわ。本当にナンセンスね」
シピニア、そう呼ばれた美女は少女と会話していた時とは打って変わって不愉快そうに眉間にしわを寄せる。
「あぁら、どこかの誰かさんと違ってアタシは浮ついて失敗したりしないけどぉ? それにこの姿だってキレイだってリュビが言ってくれたわよぉ? 厚化粧しか脳がないアンタにはわからないのかもしれないわねぇ」
「んなっ……!」
今にも発火するのではないかと思える睨み合いに、リュビが抱いていたぬいぐるみをぎゅっと強く抱き直す。そして、意を決したようにシピニアの服の裾を軽く握ると、
「シピニア、ローシャ、けんか、ダメ。ブラッド、そんなこと望んでない」
地面を見つめながら自信なさげにそう言った。
「リュビとシピニア、おしゃべりやめて早く行く。ローシャ、怒らない。そしたら、みんな、仲良しする?」
上目遣いでシピニアとローシャを交互に見るその視線には、先程二人から発せられていたのとはまた別の破壊力があった。
数秒の沈黙の後、シピニアは可愛い小動物を愛でるようにリュビを抱き寄せると、「そうね、そうねぇ、皆仲良しだわぁ」そう言って頭を撫で繰り回す。ローシャの方も毒気を抜かれたのか、そんな二人を呆れた様子で見つめやれやれと言うように首を振る。
そして、シピニアがリュビを撫で回すのを終えると、その和やかな空気のまま三人は陣の中へと姿を消していった。