scene .31 カタチをかえて
すっかり日も登り暑さが戻ってきた頃、朝にめっぽう弱いシャルロッテに合わせ団員たちより大分遅い朝食をとった一行は、この場を後にしようとしていた。
というのも、団長が近くの街から物資を調達し戻ってきたのだ。
「ヴィオレッタよ、やはりお前がいるのといないのとでは違う。団員たちのやる気も段違いだ」
既にヴィオレッタの指示で右へ左へと駆けまわっている団員たちを眺めながら、団長はちらりとヴィオレッタに視線を送る。
「嫌だわ、団長。ワタシは団長の教えの通り行動しているだけよ」
ヴィオレッタは少し困ったように笑うと、団長に軽くハグした。
恐らく団長はヴィオレッタに居て欲しい、そう言いたいのだろう。だが、ヴィオレッタにその気がないとわかると、体をロルフ達の方へ向け軽く頭を下げた。
「君たちも力を貸してくれてありがとう」
「いえ」
「戦闘となるとなかなかね……戦闘特化のチームを作った方が良いかもしれないな。いや、これは本当に……」
これほど壊滅的な状況でそんなポジティブな発想がでることに驚くロルフだったが、それ位の精神力が無いと世界を飛び回りサーカスの公演をする、なんて突飛な事業の長は務まらないのかもしれない。
近くの団員の作業を中断させてまで色々と議論し始めた団長に呆れつつ、ヴィオレッタが辺りの団員たちに別れを告げる。そして、最後に一つ、と救護班の一人を呼び付けミネアの名を出した時だった。
「姉様!」
タイミングを見計らったかの様に、足を引きずったミネアがキュイヴルに手を引かれてこちらへ向かってきたのが見えた。
ヴィオレッタはそれを見てすぐに駆け寄ると、近くにあった腰かけられそうな台にミネアを座らせる。
「目が覚めたのね。痛みは平気? 歩いて大丈夫なの?」
矢継ぎ早に質問を投げかけるヴィオレッタに、ミネアは「姉様ったら心配性なのです」そう言いながらクスクス笑う。痛々しい見た目とは裏腹に、薬や術のお陰でそれほど痛みはないらしい。
久しぶりの会話を楽しもうとするミネアを、ヴィオレッタは真剣な眼差しで見つめた。
「……こんな時に近くにいてあげられなくてごめんなさいね」
そう言いながら燃えて千切れた髪を優しく梳く。
「大丈夫です、姉様」
ミネアがそう言うと、キュイヴルも頷いた。
そして、何かを恥じらうような、迷うようなそんな表情で地面とヴィオレッタに交互に視線を送るミネアの肩を、キュイヴルが指でツンツンとつつく。そんな二人を見て首を傾げたヴィオレッタに向かって、ミネアはグイっと広げた手を突き出した。
「姉様が居ない間に作った、お守りです。燃えて、こんな、見た目になってしまったのですけど……」
手のひらに乗せられた三つのそのお守りには、それぞれに何やら紋章のような柄が彫られている。
こんな見た目、そう言ったのは、火事に巻き込まれた際に炎や溶けた金属に触れてしまったのか、元々の色であろう白に、所々黒や赤茶、黄色などの色が混ざってしまっていることについてだろう。
「姉様が昔くれたヴェロベスティの牙を、チームで分け合いたくて」
ヴェロベスティの牙は丈夫で程よい硬さのため、一部のモンスターアイテム収集家に人気があり、牙を目当てに討伐するものもいるという。
このヴェロベスティの牙は、ミネアがヴィオレッタのチームに配属なった当時、歓迎の印としてヴィオレッタがミネアに送ったものだった。ヴィオレッタとしては、生え変わりで落ちたヴェロベスティの牙――すなわち日課の花摘みで見つけた少し珍しい花を、良い機会なのでかわいい妹にあげた。その程度の気持ちであったのだが、それまで贈り物など貰ったことのなかったミネアにとっては宝物であり、大切な思い出であった。つい最近までペンダントとして肌身離さず持ち歩いていたのをヴィオレッタも知っている。
そんな宝物を割ってまでお守りにしたのにはもちろん理由がある。一つは、最近不在なことが多いヴィオレッタとの繋がりがもっと欲しかったから。もう一つはお守り、という名前の通り、ヴィオレッタが無事に帰ってくるように。
「姉様?」
じっと自分の手を見つめ続けるヴィオレッタに、ミネアは首を傾げた。ヴィオレッタは、そんなミネアの手をそっと自分の手で包み込むと、目を潤ませながら「そんなに大切に思ってくれていたのね」そう言って微笑んだ。
もしかしたらミネアがこのお守りを、自分との思い出を取りに戻るため火傷を負ったということにヴィオレッタは気付いてしまったのかもしれない。他の団員たちが脱出できるような状況で、身軽なミネアと強靭なキュイヴルが無傷で脱出できない訳がないのだ。
「大切にするわ、ありがとうミネア。それにヴルも」
ヴィオレッタはミネアとキュイヴルに微笑みかけると、近くの道具箱から紐を取り出した。流れるように切り取った長さの違う紐を手際よくお守りそれぞれに開いた穴へ通すと、一つを自分の首元に、残りをミネアとキュイヴルの首に括りつける。
「必ず、必ず無事に戻るわ」
ヴィオレッタはミネアの額に軽く口づけをし、先を急ぐようにロルフたちの方へと戻った。そして、いつもの気取った口ぶりで「待たせたわね」そう言うと、振り返って大きく手を振る。
それに気付いた団員たちやキュイヴル、ミネアの名残惜しそうな視線に見送られながら、一行は近くの村に向けて出発した。