scene .29 ナカマとカゾク
すっかり日も沈みきり数刻が過ぎた今、昼間の喧騒が嘘のように空気は静かだ。聞こえるのはパチパチという焚火の音と僅かな話し声だけ。澄み切った空気とわずかしかない明りのお陰で、星が綺麗に見える。
「そう、なら安心ね。後はこちらで受け持つわ。休んで頂戴」
他の団員たちほとんどが休息を始めている中、ヴィオレッタは相も変わらず司令塔を継続していた。こんな状況であるため仕方がないのかもしれないが、食事中もその前後もずっと絶え間なく報告や相談を受けては指示を出すことを繰り返している。
その際に他の団員が話していた内容によると、団長――サーカスではピエロの格好をして進行役を担っていた初老の男性が当初指示出しをしていたそうだが、ロルフたちがここに辿り着く少し前に数人を連れて近くの街へ救援と物資の調達のため出掛けてしまったという。この場を離れることを甚く心配してはいたらしいが、顔の利く自分が居た方がと団員たちにもそう言われ渋々出掛けて行ったらしい。
「アナタは寝ないのね」
ロルフが焚火を眺めながらそんなことを思い返していると、最後の団員への指示出しが終わったのか、ヴィオレッタがそう言いながらロルフの隣に腰を下ろした。
「何があるかわからないからな」
ロルフの返答に「そう」とだけ相槌を打つと、ヴィオレッタは空を見上げる。
「……悪いわね」
「何がだ?」
珍しい人物からの謝罪の言葉に、つられて空を見上げていたロルフは思わずヴィオレッタに視線を向けた。
「何よ、その心底驚いたみたいな顔。失礼極まりないわ」
その指摘もわからんでもないが、驚いてしまったものは仕方がないだろう。ロルフはその思ったのを隠すように眼鏡の位置を直すふりをして視線を隠すと、焚火の方を見た。
「こんなことになっていなければ今日中に近くの街に辿り着けていたからよ」
「あぁ」
はぁ、という短いため息の後付け加えられた理由に、ロルフはそう相槌を打つ。
「ここの仲間たちを見捨てるわけにはいかないだろ?」
そして、最もな理由を口にした。
もちろんその言葉に嘘がある訳ではないし、モモのことを心配していない訳でもない。今焦ったところで意味がないことをロルフはヴィオレッタから聞いて知っていたのだ。
この大陸に移動する前にヴィオレッタが言っていた心当たりである誘拐犯のアジトには、過去にヴィオレッタが何度も通い潜入不可である事を確かめたらしい。そのため、救出するのであればオークションを狙うべきだが、そのオークションが開催される時期まではまだ時間がある、ということだった。
「そうね。仲間、ナカマ……ワタシにとってはそれ以上の――家族、みたいなものかしら」
家族。その言葉を聞いてもいまいちしっくりくるものがないロルフは、どう返答すればよいかわからず言葉に詰まる。シャルロッテやゴルトとは家族のような関係だと思ってはいるが、それが本当に他の人の言う“家族”と同じ感覚であるのかいつも悩んでしまう。
それを察したためか、ただ返事がなかったためかは分からないが、ヴィオレッタは静かに語りだす。
「モモが出品されるかもしれないって言ったオークション、私の一番の目的はアナタたちと違ってね」
そこまで口にすると、ヴィオレッタはじっと焚火を見つめ始めた。そして、「アナタたちが出会ったって言うのだから、きっともうそこには居ないのよね。それでも私には」誰に聞かせようとしている訳でもないような小さな声でそう呟く。
「妹が、ずっとあの頃の、あの時の姿のまま私の助けを待っている気がするのよ。もう生き別れて何年も経っているのに」
おかしな話よね。そう少しだけ皮肉交じりに笑うヴィオレッタは相変わらず焚火を見つめ続けている。
恐らく実際、ロルフに話を聞いて欲しい訳ではないのだろう。心の整理をするために言葉にしている、そんな気がする。
「何年も何年も、ずっと探してた。いつかまたあの頃みたいに笑い合えると思って。でもあの優しかったローシャは、居ないかもしれないのよね」
そこまで口にして再び焚火を見つめだしたかと思うと、ヴィオレッタは立ち上がり体についた砂をはたき落とした。そして、
「さ、見張りはちゃんといるのだし、アナタも早く休みなさい」
普段通りの調子でそう言うと、手をひらひらと動かしながら怪我人たちのいる方向へ歩き出した。
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ヴィオレッタの後ろ姿を見送ったあと、疲れていたこともあり結局寝落ちしてしまったらしい。
ロルフは幾度となく見たこの景色を夢だと知っていた。ドアノブに手を掛けている。この後扉を開けた俺は……
ゴルトと目が合う、そう思ったが早いか否か、思っていた通りゴルトと視線が――合わなかった。
そもそもそこに部屋など無く、少し遠くに見知らぬ木製の小屋が建っていた。辺りを見回すと、似たような小屋がいくつも建っている。
扉の開け放たれた正面の小屋の中からは、弱り切った男性の声と悲し気な女性の――
『この声……!』
耳に残るその声にロルフが足を一歩前に進めると、熟しきって潰れた果実を踏んだような、そんな不快感を覚えた。