scene .28 つながるいのち
「今後は恐らく……いえ、確実に任を果たすことは出来なくなると思いますがよろしいのですか?」
「か、ま……わない」
エルラの問いかけに、キュイヴルは静かに頷きながらぎこちなく答える。そして、自分のことを見つめ複雑そうな表情をするヴィオレッタに向け、僅かに笑みを浮かべた。
エルラはその姿を見て「わかりました」そう言うと、ヴィオレッタに下がるよう指示を出し、キュイヴルにはミネアの傍に横たわるよう伝える。自身は二人の間に座ると、それぞれの額に手を置き目を瞑って詠唱を始めた。
「ねぇ」
いつの間にかロルフ達の元へ移動していたランテが、ロルフの肩をつつく。
「あのデカい人、何者なの?」
「キュイヴルのことか?」
ロルフは、キュイヴルがミネアとチームを組んで芸を行っている事、ヴィオレッタと同じチームの一員であるらしいことを説明する。
「俺もそれ位しか知らないな」
「ふぅん、そっか」
そう言いながらもどこか釈然としていなさそうなランテに、ロルフは質問を返した。
「何か気になる事でもあるのか?」
「んー……」
ランテは少し大げさに悩むような仕草をした後、「いやぁね」そう前置きしてから話し出す。
「いつもはこの手の相談、エルラめちゃくちゃ悩むんだよね。でも今回は何か、やけにすんなり受け入れたなと思って」
寿命のやり取りというのは、軽視して良いものではないということ位考えずとも誰でもわかるだろう。それが老人から若者へだろうが、その逆であろうが、はたまた親から子であったりしても、だ。それに、感情に流されて決定して良いものでもなく、だからと言って基準を決めて割り切れるものでもない。
言われてみれば、そんな寿命についてのやり取りにもかかわらず簡単な確認だけだったように感じる。
「まぁ、うちの思い過ごしかも? カメ族は長寿だっていうしね」
ランテは、冗談のような理由を口にすると、二ッと笑った。
「ねえ、さま……?」
「ミネアっ!」
と、ロルフ達が話している間に儀式が完了したらしい。
ヴィオレッタは目を覚ましたミネアを強く抱きしめると、よかった、そう何度も呟く。そんなヴィオレッタに、初めは何が起こっているのか理解できない様子のミネアであったが、自分に起きた出来事を思い出したのか、目を潤ませながら少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「ヴルがね、助けてくれたのよ」
ヴィオレッタの言葉に、その場で上半身だけを起こしたキュイヴルはぎこちなくも優しく笑う。
「それからアナタ、エルラと言ったわね。本当に感謝するわ」
一仕事終え、少し離れた位置に移動して三人を見守っていたエルラは、突然自分の名を呼ばれ驚いたように目を瞬かせた。だが、すぐに顔をほころばせると、
「お役に立てて良かったです」
そう言って微笑んだ。
「さぁ、ぼぅっと突っ立ってないで手の空いているものは火を焚きなさい。怪我のない者は簡易テントと風除けを。もうすぐ夜が来るわよ!」
ヴィオレッタがそんな言葉と共に手を叩いたのは、エルラの微笑みに自身も微笑み返した後瞬きを二つ程した時だった。周りに集まって来ていた団員たちは、その指示を聞きあちらへこちらへと迷いなく小走りで移動し始める。
ヴィオレッタもそうだが、他の団員も吃驚するほど切り替えが早い。エルラはもちろん、呆気にとられたロルフたちはその場で右へ左へ掛けて行く団員たちを目だけで追いかける。
「ごめんなさいね、夜は待ってくれないのよ」
ヴィオレッタはそう言うと、近くを通りかかった団員から金槌をいくつか受け取った。
「そう、ですよね」
「それじゃぁアナタはあっちをお願いね」
戸惑いを隠せないエルラにもお構いなしに、ヴィオレッタは人手の足りなさそうな方を指さすと工具など握ったことのなさそうなエルラの柔らかな手に金槌を握らせる。
そして、その少し後ろに立っていたロルフを見つけると、
「アナタたちもよ」
そう言ってその手に残っていた工具を押し付け、さぁ行った行った。そう言わんばかりに手をひらひらと動かした。
その後はというと、ヴィオレッタが言った通りあっという間に日が落ち辺りは暗闇に包まれた。幸い近くに小さな森があったこともあり、焚火をする為の素材は十分に集められたらしく行動範囲に明りは足りている。魔物が迷い込んでこないよう、魔術を扱える者たちが簡単な結界を夜通し張っていてくれるというのでその辺りも安心だ。
夕食として振る舞われた食事は、無事だったという一見統一感のない食材だけで作られたらしかったが、さすが一流サーカス団の給仕班と言わざるを得ないものだった。食事に満足したシャルロッテや、歩き通しで疲れたのであろうクロンやロロは既に夢の中だ。毛布などはさすがに全員分、という訳にはいかないようで他の休んでいる者たちも皆同じように二人や三人で身を寄せ合って眠っている。
ランテは怪我人のため別の場所で横になっているだろう。エルラもその付き添いと他の怪我人の見張りもかねてそちらに行っていた。