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黒狼さんと白猫ちゃん  作者: 翔李のあ
story .06 *** 落ちゆく夢と渇きし未詳の地
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scene .27 運命と対価

「な、によ、今の……」


 自分の気持ちを代弁したかのようなロロの言葉にロルフは我に返ると、腰を抜かしたかのようにどさりとその場に尻餅をついた。


「ロルフ!」


 心配して駆け寄ってくるシャルロッテたちに、ロルフは「大丈夫だ」そう言って笑う。本当に体は全く問題がなかった。先程サンドワームから受けたダメージもまるでなかったかのように体が軽い。おまけ、と言っていたのはこのことだったのかもしれない。

 ただ少しだけ、気が抜けたのだろう。


「何がどうなったのよ?」


 先程まであれほど脅威だと感じていた存在が突然姿を消したことに、ヴィオレッタも首をかしげている。

 目が眩んでいた上に一瞬の出来事であったため、サンドワームがどうなってしまったのか、どこへ行ってしまったのか誰にもわからないらしい。残ったのはただ広い砂の海と煌めく砂を運ぶ風だけだ。

 ロルフは手に持ったままの本――相変わらず開くことのできない精霊の書を眺める。


「そう言えばその本開いて何か言ってたね?」

「え! 開けないんじゃなかったの?」


 シャルロッテとロロがそうワイワイとはしゃぎながらロルフの手から本を攫って行く。取り返す気力も――いや、気力自体は回復しているのだが、どこか気だるい体に追いかける気にはなれずゆっくりと立ち上がった。

 そして、砂を叩いて落とすと、気になっていたことを残った二人に問いかける。


「あの声は、なんだったんだろうな?」

「声……?」


 珍しく反応の揃ったクロンとヴィオレッタに、ロルフは先程聞いた声のことを詳しく説明した。だが、二人には声どころか光さえ見えていなかったらしく、更に首をかしげる。


「光ったと言えば、動きを止めた後にサンドワームなら光ってましたけど……」

「そうね。その後に散った、と言えばいいのかしら」


 自分が見ていた景色とは全く違う状況を伝えられ、ロルフも首をひねった。だが、二人の意見が一致しているという事は、異なっていたのはロルフの経験した状況の方なのだろう。


「大変大変!」

「ヴィオレッタ!」


 と、そこに駆けまわっていたはずのシャルロッテとロロが慌てた様子でこちらへ走ってきた。

 後ろをサーカス団員であろう男性も付いて来る。


「ヴィオレッタ、様……ミネア様、が大怪我を」


 息を切らしながら伝えられた言葉に、ヴィオレッタは顔を青くする。

 ミネア。以前シトラディオ・パラドでヴィオレッタにテント内へ呼ばれた際、部屋にいた少女の名だ。


「今行くわ」


 そう口にするか否か、ヴィオレッタは団員達の居る方へと走り出した。ロルフ達もその後に続く。

 仮設の医療所の隅に横たえられたミネアの横には、落ち着きを取り戻したらしいエルラの姿あった。エルラはミネアの頬を優しく撫でながら、その瞳に涙を湛えている。


「ミネア!」


 ヴィオレッタはその姿を見て大きく首を振りながら、その上に覆い被さるようにして泣き崩れた。

 ミネアの体は至る所が爛れて捲れ上がっており、非常に痛々しい。それ以外にも小さな擦り傷や切り傷が多く見受けられ、傷のない所も煤で黒く汚れていた。長く美しかった髪も燃えてしまったのか、首元で雑に切り落とされている。


「ほらミネア。ワタシよ。姉様が来たわ」


 目を開けることも無く、いつ止まってしまってもおかしくない程弱々しく呼吸するミネアにヴィオレッタは話しかける。

 そんなヴィオレッタに、エルラは申し訳なさそうに真実を告げた。


「彼女の、ミネア様の命はもうすぐ……」

「そんな……」


 ヴィオレッタは目を見開きエルラの方へと顔を向けた。そして、小さく振られた首に、再び涙を溢れさせる。


「嘘……うそよ……連れて、いかないで……」


 命が、それも幼い命が散ろうとしている状況に、成すすべもなく場にいる全員が言葉を失う。


「そうだわ」


 そんな中、ヴィオレッタが何かを思い出したように顔を上げた。そして、


「ねぇ! 魂の運び人って寿命の転置もできるんでしょう? 何でもするわ! ワタシの寿命がなくなったっていい! 代わりにこの子を、助けて」


 そうエルラに懇願した。だが、エルラは悲しそうな表情をして俯く。


「エルラが寿命を分け与えられるのは、死に一度触れた魂だけなんだ」


 エルラの代わりにそう答えたのはランテだった。すぐ近くで他の患者たちと同じように横たわらせられていたランテだが、容態は安定しているのか顔色は大分いい。


「本当なの?」

「……はい」

「そんな……どうして……」


 ランテの発現を確認するヴィオレッタに、エルラは怯えた様子でそう小さな声で返答すると何かを覚悟したように太ももの上で合わせた手を強く握った。恐らくこの後に心無い言葉を言われたことが何度もあるのだろう。

 だが、覚悟を決めたような時は訪れなかった。背丈の高いがっしりとした体格の男――キュイヴルと言っただろうか――が足を引きずりながらやって来たかと思うと、ミネアの方を静かに見つめ、エルラの肩を指でトントンとつついた。


「お……れ、の……」

「……?」


 キュイヴルが発声したことに驚くヴィオレッタの横で、エルラとキュイヴルは何かを通じ合わせるかのように見つめ合う。

 しばらくして口を開いたのはエルラだった。

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