scene .26 開かれるミチ
「わたしのカッターなら傷は付けられても倒すなんて出来なさそうだし……」
「僕の攻撃は砂の中で生きているサンドワームには効かない、ですよね」
「視線を捉えられないんじゃワタシの力も使えないわよ!」
「どうするのロルフ!」
それぞれ自分の力が敵に通じないであろう事を悟った一行は、互いに同じ状況である事を理解し、なぜかロルフの方へ視線を向ける。
確かに、シャルロッテやロロの能力ではサンドワームの動きに多少影響を与えることは出来てもダメージには繋がらない。クロンの能力を使った攻撃は砂によるもののため、これもサンドワームには効かないだろう。ヴィオレッタに至っては、目という器官がないサンドワームには手も足も出ない。ロルフの能力でもこの大きさが対象じゃ多少押さえつけること位しかできなさそうだ。
その上厄介なのは、サンドワームの表面を覆っている体液には魔術を弾く性質がある、ということだ。弾かれた魔術が消失すればまだいいが、跳ね返り後ろのサーカス団員たちの方へと飛ばないとも限らない。その可能性を考えると闇雲に魔術を放つわけにもいかないのだ。
こんな時にモモがいれば、砂中で育つ植物もそれなりにあるためどうにかなったかもしれないが……そんなことを今考えていても仕方がない。
「グラビティインクリース!」
ロルフは、再び大きな揺れと共に砂中から飛び出してきたサンドワームの重力を出来る限り増加させる。
これで多少は動きが鈍くなるだろう。とはいえ、この大きさだ。どうにかして倒す方法を早々に考えなくては、ロルフの気力がすぐに底を尽きてしまうのは明白だ。
「……くっ! ヴィオレッタ!」
「何よ!」
「体内に魔術だ!」
上手く体を動かせないことに苛立っているらしいサンドワームは、どうにか拘束から逃れようと全身をうねらせる。度々地面が小刻みに揺れているように感じるのは気のせいではないだろう。そして、開閉する口からは、地響きのような叫び声が漏れ出ている。
「なっ……!」
ロルフの指示に、ヴィオレッタは一瞬険しい顔を見せた。だが、すぐに状況を考え「やってやるわよ」そう独り言のように呟きサンドワームを睨みつける。
そして、眉間にしわを寄せながら水属性に毒効果を付与した口述の陣を展開し、サンドワームの口が開いた隙を狙って打ち込んだ。
陣から放出された水の渦は、見事にサンドワームの体内へと吸い込まれていく。即席の陣であったためか、威力はそれほどないようで、直接的なダメージには繋がっていない様子だ。だが、本命は毒である。ヴィオレッタが魔術の威力を削ってまで毒をわざわざ仕込んだのは、傷を負わせるよりも、継続的にかつ確実にダメージを与える方が効果的だと考えたためだ。
「やったわ!」
狙い通りに魔術を打ち込むことができ、ヴィオレッタが喜んだ次の瞬間だった。効いてきた毒の不快感を取り去るように、サンドワームは咆哮を上げると、大きく身体をうねらせた。
「――っ!」
急な負荷の増幅に耐え切れなかったロルフは、数メートル吹き飛ばされ尻餅をついた。あまりの勢いに、腰につけた魔導ポーチから、いくつか中身が飛び出してしまったらしい。
ロルフはその中に、ゴルトからもらった開かずの本がある事に気付いた。この状況はもう、神頼みしかないのかもしれない。
我を失った様子で暴れ狂うサンドワームのせいで不規則に地面が揺れ続ける中、ロルフは出来るだけ急ぎ本の元へと近づき手を伸ばした時だった。
「ロルフ!」
シャルロッテの叫び声にロルフが顔を上げると、目の前に巨大な穴が迫っていた。
「チッ……!」
ロルフは舌打ちすると共に本を手に取ると、サンドワームと自身の間の空間を凝縮しスペイシャルコンプレスシールドを展開する。先程までサンドワームの動きを止めるために大半の気力を使い果たしていたため衝撃の大半を受ける形になってしまったが、どうにかサンドワームの軌道をずらすと反対側に転がった。
「はぁ、くそ……」
上がる息を整えながら、ロルフは軋む身体を無理やり動かし本を構えた。そして、――また何も起こらないなんてやめてくれよ? 冗談交じりの独り言を漏らしながら、いつの日かも試したように本に念じる。何でもいい、ただこの場を切り抜け仲間たちを守れるののなら。
土に潜って行ったサンドワームが再び地表に出てこようとしているのか、地面が再び大きく揺れ出す。本は相変わらず開きすらしない。やはり何も書かれていない本を頼るなんて、そう思いかけたロルフの手の中で本の内側が光ったかと思うと、表紙と裏表紙がパッと開きページがはためいた。そして、風も吹いていないのに勢いよくページが捲られていく。
何が起こっているのか理解する間もなく、砂中から飛び出したサンドワームがロルフの目の前を通り過ぎた瞬間だった。本の動きがピタリと止まり、開かれたページに文字が浮き出した。ロルフは導かれるようにその文字を指でなぞると、読めもしないその言葉を口にする。
「我は世界の理を創りし者。今、扉は開かれた。預けし力を以って我が難を打ち払うべし」
ロルフの指になぞられた文字は光を帯びて本から離れ一つに集約したかと思うと、まばゆい閃光を放って辺り一面を覆いつくした。
――くすくすくす、おまけだよ。
ロルフの耳元で何者かがそう笑う。それは、楽しんでいるようで、どこか寂しさを感じさせる声色だった。