scene .25 砂漠の大蚯蚓
“一回くらいなら”ランテはそう言ったが、転送する人数が増えるほど能力者への負担は大きいことは、その場にいる色持ち――すなわち全員が理解している。だが、継続して力を発動する事もまた負担となることも知っているため、ロルフ達はランテの言う通り速やかに移動した。
エルラと共に最後にワープホールを通ったランテが、
「じゃ、あとはよろしく……」
そう言ってその場に倒れ込んだのは、移動が完了してから瞬き一つ程の時間が立つか否かのタイミングだった。やはり、気丈な言動は無理をしての振る舞いだったのだろう。
再び親友が倒れたのを目の当たりにしたエルラはランテを支えつつ、共に崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。その表情から読み取れるのは、後悔の一つだけだった。こんなことになるならば、全力で反対するべきだった、そんな気持ちが伝わってくる。もしかすると、国を出たことから後悔しているかもしれない。
そんな二人に一瞬視線を向けると、ヴィオレッタは一番近くを通りかかった団員を呼び付けた。
「ヴィオレッタ様⁉」
驚きその団員が上げた声に、せわしなく動き回っていた他の団員達も先程までこの場にいなかったヴィオレッタたちが居ることに気付き始めた。そして、一人、また一人とヴィオレッタの元へ駆け寄ってくる。
「その子のお陰でここに辿り着けたの。十分には無理でも、今できる精いっぱいの手当てをしてあげて」
「はい!」
手際よくランテを担架に乗せ、仮設の医療所へと運ぶ団員たちを見送ると、ヴィオレッタは近くに残った団員に声をかける。
「戦闘に割ける人員は?」
「ほとんどいません。墜落時に振り落とされたものも多く……」
「救助と捜索を引き続き頼んだわ。火事の状況は?」
「全力で消火に当たっています。ですが水が足りていません」
「それはまずいわね、そうしたら……」
その後も、次から次へと駆け寄ってくる者が知り得ているであろう情報を上手く聞き取りつつ的確に指示を出していく。
その様子からは、彼女の人気がただの流行りや見てくれだけで作り上げられているものではないことが伺い知れる。
「ヴィオレッタ様のお部屋ですが……森の方に墜落したかと思われます」
「……いいわ、ありがとう。今は人命を優先して頂戴」
「わかりました」
最後一人残った団員の報告に、今までてきぱきと指示を出し続けていたヴィオレッタの言葉が一瞬詰まった。
団員は、ヴィオレッタの心中を察するように悲し気な表情をして救助に戻って行く。
「大丈夫か?」
「今はそんな事言ってらんないでしょ」
ヴィオレッタの様子を見たロルフが心配してそう声を掛けるが、ヴィオレッタはそう答えた。そう、ランテに無理をさせてまでここに急ぎ来たのには理由があるのだ。
そんな会話をするも束の間、地面が小刻みに揺れ始めた。そしてその揺れが徐々に大きくなったかと思うと、目の前の砂が大きな山のように盛り上がっていく。
「さぁ来たわね……! とりあえずワタシたちはコイツを片付けるわよ!」
ヴィオレッタの言葉に、ロルフ達は大きく頷いた。
盛り上がった砂の中から姿を現したのは、巨大なみみずのようなモンスターだった。
「サンドワーム……?」
想定していなかった敵の姿に、ロルフは思わずその名を呟く。
サンドワームは、本来砂の中に埋もれすり鉢状の巣を作り、落ちてくる物を丸呑みして生きるモンスターだ。それ故に、安易に近づくことすらできずその生態や全容などが分かっていない。先端についた円形の口は広げた傘位の大きさからヒトの身長の倍程になると聞くが……目の前に現れた個体はそんなものを優に超えていた。馬車を丸呑みするのも容易いであろう口の大きさである。
そして、そんなサンドワームが地表に体を出し戦闘を行うなどという話は、本で見たことも聞いたことも無かった。
「こ、こんなのどうやって戦おうって言うのよ!」
「食べられちゃうよ!」
面前に広がるひたすら大きな穴に、ロロとシャルロッテがそう叫ぶ。
「僕たちの技も全体にはかけられなさそうです!」
クロンはサンドワームの時間を止めようとしてくれたようだが、技をかけられる範囲に全身が収まらないらしい。
口のサイズに合わせて体もやたら長いのだろう。見えている部分だけでも恐怖を感じるのには十分な長さではあるが、未だ大部分が地中に隠れている、そんな可能性も否定できない。
「まずいな……」
ロルフは冷静さを失わないよう、顔を覆うようにして眼鏡の位置を直す。決して虫が嫌いだから見ていたくないという理由ではなく、状況を整理するために、だ。
と、そんなロルフの思考を遮るように、シャルロッテとロロの悲鳴が響く。
「シャル!」
「ふりーじんぐ! ふりーじんぐ! ふりぃぃいじーんぐ!」
尻餅をつきながらもシャルロッテはむやみやたらにフリージングを放った。空気が乾燥しているため、いつものように氷塊を飛ばせてはいないが、それが逆に功を奏したらしい。狙いも何もあったものではないものの、的が大きいが故にそのほとんどがサンドワームの体に当たっていた。体の大半が水分によって構成されているサンドワームが凍り付き動きを止める。ロルフはその隙に二人を後方へ退避させた。
今回はどうにか丸呑みされるのを防げたが、毎度上手くいくとは限らない。それに問題はもう一つあった。シャルロッテのフリージングでによって凍らされたにもかかわらず、サンドワームは僅かにもダメージを負っている様子がない。その上、部分的に凍らせたとしても動きを止めることが出来るのは数秒の様だった。氷塊が当たらずとも凍らせることが出来るならば、そう一瞬抱いた希望はサンドワームと共に砂中へと消えてく。