scene .24 落ちし夢
ジリジリと照りつける日差しの中、ロルフ達一行の足音だけが聞こえる。
出発する際に禁止された無駄話も、一面の砂と痛いほどの日差しのお陰でシャルロッテですらそんな気力が湧かないらしい。
たまに現れる弱いモンスターを軽くいなし退けながら、ただただ歩く時間がかれこれ三時間続いている。水のボトルなど持っている訳もなく、回復薬を全員で回して飲むという不思議な水分補給の時間を何度か取ったが、それ以外は歩き通しである。しかもその頼みの綱である回復薬の残りもあと数本で尽きてしまう。
一向に変わらない景色と着々と悪くなる状況に、何の対策もせずあの洞窟を出たのは間違いだったのではないか、そうロルフが何度目かの自問をした時だった。
「あだっ」
ぼぅっと歩いていたシャルロッテが、前を歩くヴィオレッタの背中に激突して変な悲鳴を上げた。
その声に、自分が下を向いていることに気付いた全員が視線を前に向ける。
「ちょっと、何なのよ……」
ロロが呟くようにそう不満を漏らした。
周囲を見回しても相変わらずの砂だ。敵の襲来でも目的地に着いた訳でもないらしい。
「どうして止まってるのよ」
体力を温存するべくその場から動かずにいたが、暫く待っても歩き出さない事を不思議に思ったロルフ達は、状況を確認しようとそれぞれ前に出る。
すると、前に見えたのは、
「森だわ!」
森、というには少し寂しい気もするが、久しぶりに目にした砂色以外の色にロロが嬉しそうにそう声を上げた。
だがすぐに首をかしげる。
「あの黒い靄はなにかしら……」
横に長く連なる緑の一部から、その色を覆い隠すように大量に発生する黒い靄が発生している箇所があった。
どうやら背の低いロロには砂の起伏で隠れていて見えないらしい。靄の正体、それは木々を巻き込んで燃える大きな気球だった。
「あれは……!」
その気球にはロルフ達もよく見覚えのある柄とマークがあしらわれている。シトラディオ・パラドで何度も目にした、そう、スエーニョ・デ・エストレーラの気球である。
「急ごう、ヴィオレッタ」
ロルフはそう声を掛けるが、ヴィオレッタの耳には届いていない様子だ。
顔面蒼白で気球の方を見つめ続けるヴィオレッタの手は僅かに震えており、ロルフが何度名前を呼んでも反応はない。
「ヴィオレッタ!」
と、近くにいたシャルロッテたちが驚いてこちらを見る程の声量でロルフがその名を叫ぶと、ヴィオレッタはようやく意識を取り戻したように、ハッとして視線をロルフに向けた。そして、指笛を鳴らし耳を澄ます。
反応があれば安否の確認と、移動手段にもなるため、団に預けている使役モンスター達とコンタクトを取ろうとしているのだろう。
「ダメだわ、届かないみたい」
ヴィオレッタはしばらくして首を振ると、そう言って心配そうな眼差しを気球の方へと向けた。そして、誰に言う訳でもなく自分に言い聞かせるかのように、「大丈夫よ、強いもの。皆もあの子たちも」そう呟いた。
「なるほど……これはうちの出番だね」
そんな台詞と共に、ロルフの腕に乗っていた重みがゆっくりと地面に足を伸ばす。
「ランテ!」
エルラがその名を呼びながら、目を覚ましたばかりのランテに手を貸した。それと共に大丈夫か、痛みはないか、など、体を心配する質問攻めに、「あはは、大丈夫だよ。エルラ達が手当てしてくれたからね」そう言って笑う。
いつもの元気はないながらも、ゆっくりとなら歩くことが出来る程には回復した様だ。
「ほんとは結構前から目は覚めてたんだけど、勝手に移動できるのが気分よくてさ」
そうならそうと言ってくれればもっと早くにエルラや自分たちも安心できたのに、そう思い漏れ出たロルフのため息を、怒っていると勘違いしたのか、
「怪我はモノホンだからさ、許してよ」
そう言って二ッと笑った。
「それで」
エルラの肩を借りながら気球の方を見たランテは、ロルフとヴィオレッタの方へ視線を戻した。
「うちの力ならこの距離、ピュッと移動できちゃったりして」
「無茶です!」
「でもね、エルラ、そうとも言ってられなさそうなんだよね」
ランテの提案を全力で阻止しようとするエルラを宥めるように、ランテが一方――サーカスと自分たちの間の砂の起伏の先を指さす。
「何よ、アレ……」
大きく盛り上がった砂が、気球の方へと凄まじい速度で進んでいた。ロロの視界を遮っていた砂の起伏は、本来そこにあるものではなく、“アレ”が作り出したものの一部だったのだ。
「爆発とか、炎とか、そういうのに反応した何か……多分モンスターだと思う」
ランテはそう言いながらヴィオレッタの横顔をちらりと見た。
多分、とは言っているが、恐らくモンスターで間違いないだろう。だが、能力を使うのにも大分消耗する。ランテの体も心配だ。
ヴィオレッタもそう思っているのか、全員が考えるようにその場で黙り込む。
「ね、あのデカさ、今の彼等にどうにかできるかな」
落下したことにより団員の大多数は負傷しているだろう。動ける者も、消火や救出作業などで手一杯である事は明白だ。
そこにあれ程巨大なモンスターが現れたとなると、救出作業も滞り助かる命も助けられないかもしれない。
「一回くらいなら多分、いけるからさ。ちゃちゃっと移動しちゃおうよ。その後うちの事はエルラが介抱してくれるだろうし。ね?」
心配そうに顔を歪めるエルラに、ランテはそう言って笑いかけた。エルラは諦めたように「わかりました」そう答えて小さく頷く。
「さ、エルラの許可がでた所で急いで急いで。いつ閉じるかわからないからちゃちゃっとよろしくね!」
ランテはそう言うと今作れる精いっぱいの大きさのワープホールを作り出すのであった。