scene .23 砂まみれの土地
ロルフ達が飛び出したのは、往来空間に囚われる前にいた洞窟の中ではなく巨大な岩と砂に囲まれた場所であった。ただただ広いこの場所は、恐らく荷物の仕分けや受付けなどに使われていたのだろう。
飛び出してきた方向を振り返ると、洞窟の入り口だったであろう穴はすっかり石と泥で埋まってしまっていた。陣はどうやら洞窟全体に掛けられていたらしい。
「これは使えるかしら」
「ありがとうございます」
先に脱出していたヴィオレッタとエルラがランテを介抱する声が響く。
だだっ広く見えるこの場所だが、辺りには当時使われていたと思われる机や置いていかれたままの荷物が散見している。どこかの荷物から使えるものを見つけたのだろう。医学については専門外ではあるが、物探し位ならば手伝うことが出来るかもしれない。そう思ったロルフがゆっくりと立ち上がった時だった。
「あついーっ」
足元でシャルロッテが全身を泥と砂にまみれさせながらその場を転がり始めた。
「こら、静かにしろシャル」
響き渡る声もそうだが、ランテに掛かっては良くないだろうと砂埃を立てないように静かに立ち上がったのが水の泡である。
とは言え暑い、というのはロルフも感じている事だった。ロルフ達の居る場所は岩場の影になっていてまだ涼しいが、日の光が当たっている岩場の外は景色がゆらゆらと歪んで見える。昨日まで雪の中にいたのだから、この気温に不快感を覚えるのは当然ことだと言ってもいい。
「ちょっと! やめなさいよバカシャルロッテ!」
シャルロッテの巻き上げた砂埃に咳き込みながら、近くに座り込んでいたロロがそう怒声を飛ばす。どうやらこちらは陣の外に出られたお陰で大分体調が戻ったようだ。
その事に安堵しながら、ロルフはシャルロッテをその場で拘束する。
「ふざけてないでさっさと行くわよ! アナタ、彼女を運んで頂戴」
そんな声にロルフが見上げると、蔑むようなヴィオレッタの視線が一瞬見えた後何かに視界を遮られた。恐らく日避けのための布だろう。ロルフは掛けられたボロ切れのような布を手に取ると、シャルロッテを立ち上がらせる。
ヴィオレッタはロルフに投げたのと似たような布をクロンとロロにも渡すと、
「直射日光に当たったら死ぬと思って歩きなさいね」
そう言って自分も布を被った。
「シャルロッテのせいで全身砂だらけだわ」
ロロは尻尾を叩きながらそう言うと、ヴィオレッタを真似するように布を被る。「私なんて腕が泥でカピカピだもん!」というよくわからない反論をするシャルロッテにロルフは布を被せた。
だが確かに、尻尾や衣服の隙間にも砂が大分入り込んでいる。緑の大陸の砂浜にあるような砂とは違い、かなり粒子が細かいらしい。そのせいか、服の中もじんわりとかいた汗に張り付く砂のざらつきを感じ気持ちが悪い。
「あ、あの」
全員がボロ布をまとい出発の準備を進める中、おどおどした様子でヴィオレッタをちらちらと見ながらエルラが駆け寄ってきた。
「い、今移動しなくてはならないのでしょうか。その……ランテにはこの暑さは厳しいかと」
その意見に、ヴィオレッタは驚いたように目を見開く。
「洞窟の中ならともかく、こんな拓けた所にいたら凍死するわ。日が落ちる前に暖をとれる場所に辿り着かないと」
そう言って空を見上げる。
「砂漠って言うのはね、昼間は暑いけれど夜は極寒なのよ。アナタの住む地域と同じ位にはね」
ヴィオレッタは、信じられない、そう言いたげなエルラのボロ布のフード部分をグイっと引っ張ると、
「いい? オトモダチを救うには早く街を見つけて手当てをしなくちゃいけないわ。こんな所にいたって助けは来ないし、食料も薬も無い。――セカイってのはそんなに甘くも優しくも無いのよ」
そう言ってエルラを見つめた。返す言葉もなく、視線を落としみぞおちの前で両手をぎゅっと結ぶエルラに、ヴィオレッタは少しだけ視線を下げると手をパンパンと叩いた。
「さ、準備はいいわね。ここではワタシの指示に従ってもらうわ」
「おなかすい……」
ヴィオレッタはお腹空いた、そう口にしかけたシャルロッテの口元に指を当てる。
「無駄話、特に弱音泣き言一切禁止。この地域では少しの気の緩みが命取りになると知りなさい」
「むぅう」
頬を膨らませるシャルロッテを一瞥すると、ヴィオレッタは外へ向かって歩きながら、ついてきなさいと言いたげに指をくいくいと動かした。
普段の粗雑さからは感じられないヴィオレッタの厳しい発言で、重い空気のまま全員その後を追い歩き出す。
「街に着いたら旨いものいっぱい買ってやるから。な?」
ロルフはむくれたままのシャルロッテにそう耳打ちした。
脱出の際の泥の件と言い、続けて我慢をさせられるシャルロッテを不憫に思っての発言だったのだが、横にいたロロの「甘ちゃんね」という口パクとクスクス笑うクロンの姿に、ロルフが辱めを受けた気分になったのは言うまでもない。
すっかりご機嫌で歩くシャルロッテの後ろ姿を見つめながら、少しは我慢を覚えさせるべきかもしれない。ロルフは静かにそう思うのであった。