scene .20 危ない綱渡り
「……わかり、ました」
ランテの言う過去の過ち、恐らくそれはランテの育ての親である祖母の死にまつわる記憶。エルラにとっても辛く苦しい、だが大切な記憶だ。その話を持ちだされると、エルラは弱い。もちろんランテはそんなつもりでこの話を持ち出した訳では無いのだろうが。
ゆっくりと頷いたエルラを優しく抱き寄せると、ランテは小さな声でありがとう、そう呟く。
ロルフ達には過去二人の間に何があったのか知り得ないが、どうやら二人はその、“魂を身体から切り離し魂のみでモンスターを叩く”作戦を決行する心の準備が出来た様だった。
「はぁ……よし!」
気合を入れる様に、ランテは自らの両頬を手でパン! と挟むと、ポーチから取り出した一つの瓶をグイっと飲み干した。すると、数秒も経たないうちに胸元を掴み苦しそうに呻きだす。
「わ、われながら、よく、き、く」
よろつきながら引きつった表情で笑うランテを心配そうに見守りながら、エルラはその体が倒れないようにゆっくりと地面に横たわらせる。そして、ランテが意識を失ったのを確認すると、その横で目を瞑り呪文を唱えだした。
その数秒後。魂鎌を取り出したエルラは、何かと会話するように首を縦に横に振った後鎌をランテの体の上で回転させるように動かす。しばらくして目を開けると、ロルフ達の方へ視線を向けた。
「ランテは、恐らくこの空間の外へ出ることができました。ですが……」
エルラは眉根を寄せてランテの顔を見る。
「この辺りには霊魂が多く、思っていたよりも難儀するかもしれません」
苦しそうな表情のまま静かに活動を停止しているランテを見て、エルラは後悔するように唇をきつく結ぶ。悪霊と化した霊魂があった場合、ランテの魂は攻撃を受ける可能性があるという。何体のトリックレイに取り込まれているのかもわからない上、攻撃によって魂が傷つけられると、戻ることの出来る可能性が大幅に下がる。時間と疲弊、両方の勝負となるようだ。
「霊魂たちをここに呼び付けることは出来ないのか?」
「皆さまと同じで、私もこの空間の外には干渉できません」
ちいさく首を振るエルラは悔しそうに視線を落とした。どうやらランテが無事に戻ってくることを祈るしか出来ないらしい。
入念に計画を立て、周到に準備をし、余裕を持って行動する。今までのロルフは、そうすることで予期せぬ事態にもそれなりに対応してきたつもりだった。だが、この事態はそんなことで防ぐことができただろうか。トリックレイの影響を強く受けうずくまるロロとその隣でしゃがみ込むクロン、未だに目を覚まさないシャルロッテ。それに、自らの発案とは言え全員のために仮死状態になったランテ。そんな彼等を見て、ロルフは自分の無力さを痛感する。
「あっ……」
と、静まり返った空間に小さな声が響いた。
その声の主の方向に、ロルフとヴィオレッタ、エルラの視線が向けられる。
「え、えと。い、いま少し、楽になった、気がします」
三人の視線に緊張したのか、少し体を強張らせてそう言うのはクロンだ。
言われてみると、クロンも、その横でぐったりとして青ざめていたロロの顔色も、気持ち良くなったような気がする。
「ふん、やるじゃないあのコ。とんでもない事を言い出したと思っていたけど、少しはねぎらってやらないといけないわね」
見えてきた希望に、黙り込んでいたヴィオレッタの顔もわずかにほころぶ。
だが、楽になったのが少し、ということは、まだ複数のトリックレイの空間に取り込まれている可能性が無くなった訳ではない。
「トリックレイが一体でも倒されたということは、移動できる範囲が広まったかもしれないな。もしかすると内部に倒せる奴が出現したかもしれない」
今となっては、この場から離れて動くことが出来るのはロルフとヴィオレッタしかいない。ヴィオレッタはロルフの話をここまで聞くと、手をひらひらと振りながらロルフに背を向けて歩き出した。意図は察したが、指図は受けたくない、そう言う事だろう。
最後まで説明できなかったことに釈然としなさを感じながらも、意味を理解したのであればよいか、そう思う事にしたロルフは、シャルロッテをロロの隣へ下ろした。
「悪いがエルラ、四人を頼む。この空間内であれば敵が出現する、なんてこともそうないだろう」
「わかりました。よろしくお願いします」
エルラも先程の説明でロルフが何を言いたいのか粗方理解していたらしい。ヴィオレッタが向かったのとは逆側の通路に立っていたエルラは、スッと端に寄るとロルフに向かって軽く会釈した。とげとげしさは相変わらずあるものの、少し当たりの強さが緩和されている気がするのは、この行動が自分たちのためにもランテのためにもなる、そう思ったためだろう。
ロルフは歩を進めながら、エルラがなぜ自分を目の敵にするのかいつかは教えてくれるのだろうか、そんなことを思うのであった。