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黒狼さんと白猫ちゃん  作者: 翔李のあ
story .06 *** 落ちゆく夢と渇きし未詳の地
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scene .16 いのちとこころ

 入浴を終えたエルラが部屋へと戻るとルウィの姿はなく、その代わりといっては何だが、部屋が綺麗に整えられていた。整えられていた、と言っても元々整頓された室内のため、昨日の夜なぜか泥だらけになって帰ってきたエルラがそのまま眠ったために汚れた寝具が取り替えられ、床が掃除されていただけではある。

 エルラは鏡台の横に置かれた普段使いの靴を見つけると椅子に座った。これもまた先程まで乾いた泥が付着していたのが嘘のように綺麗になっている。

 ――コツコツコツ。

 靴を履き替えたタイミングで聞こえたノックの音に、エルラは「どうぞ」そう答えた。


「失礼いたします」


 その台詞の後に扉の向こうから現れたのはルウィである。普段通りの返答があったためか、表情にこそ出ていないものの声色からは安堵したような雰囲気を感じられる。

 ルウィは扉の外に置かれたワゴンからいくつもの食器を載せたトレイを取り上げると、部屋の中央に置かれた小さめのテーブルへと運んだ。そして、優しそうに微笑む。


「お召し上がりになれますか?」


 お召し上がりください、ではなく、疑問形で聞いてきたのは、エルラのことを心配しているためであろう。

 何があったかまではわからずとも、何かがあったこと、それも普段であれば表情や態度に出さないエルラがここまでわかりやすく気を落としていることから、要因がランテ絡みであることくらいはルウィにはすぐ思い当たっていた。


「ええ、ありがとうルウィ」


 普段以上の気遣いを感じたエルラは、ルウィに出来るだけ心配をかけまいと普段通りを装い微笑み返す。

 幼い頃は二人の喧嘩の度に、その相談相手をルウィがしていたものだが、それも昔の話。主が自分には悩みを打ち明ける気が無いと察したルウィは、少し寂しさを感じながらも「後程食器を片付けに参ります」そう言って丁寧に会釈し部屋を出て行った。

 静かに閉じられた扉をしばらく見つめた後、エルラは窓の外に視線を移した。彼のお陰で少し平静を取り戻せた気がする。

 仕事を終えたらランテに謝りに行こう。断られても、何度でも、訪ねて。謝った上でデェーテの治療法を共に探せばいい。少しだけ見えた気がする希望に、エルラはまずは目の前に大量に盛られた“仕事”に取り掛かり始めた。




*****

****

***




「はぁっ、はぁっ、ランテ……っ!」


 日が傾き始めた頃、エルラは必死に裏道を走っていた。

 表の道を通ると何かと国民たちに声を掛けられ、なかなか目的地に辿り着けないエルラを見たランテが、人目につきにくく近道になると教えてくれた道だ。夕方なのもあって本当に人通りがほとんどない。

 なぜそんな道をこんな時刻に必死に走っているかと言えば、良くない出来事が起きたために他ならない。そんな嫌な予感がしたのは、まだ今日の分の仕事を七割ほど片付けた時だった。

 起床時間の遅れを取り戻す早さで仕事を片付けていたエルラは、何者かの寿命が近いうち――あと数日で尽きる気配をいくつか感じていた。運び人たちはその天命を全うするため、残り僅かとなった寿命を感じ取る能力を授かっている。そのため、それ自体は日常であり、何ら不思議ではない。その能力のお陰で人知れず生を終えた者たちの魂をも回収することが出来るというものだ。

 初めのうちはエルラもそう思っていた。だが、その寿命の変動の様子が普通ではない気配が一つあった。昨日の今日で数十日分もの寿命が縮む訳がない、心のどこかで決めつけてしまっていたためだろう。そうであってほしい、そんな希望もあったかもしれない。そのせいで、感じ取った残り僅かな寿命の持ち主がデェーテではない、そう思ってしまっていた。

 未着手のまま放り出された書類を見たメイドたちはエルラの外出を止めようとしたが、その必死の形相を見たルウィがメイドたちを引き留めてくれた。感謝してもしきれない。


「はぁはぁ、ふぅ……」


 エルラはランテとデェーテの住む小屋の入り口の前で乱れた呼吸を必死で整える。そして焦る気持ちを抑えて扉をノックした。いつもよりも早く、強めになってしまったのは許して欲しい。


「……ランテ?」


 返答どころか、何の物音もしないのを不思議に思ったエルラは、ドアノブに手を掛けゆっくりと扉を開けた。

 薄暗い部屋の中からは、誰かのすすり泣く声が聞こえる。

 食べかけの食事が置かれたテーブルと、その近くの床に横になった人影、その人影の手をとりしゃがみ込むもう一つの人影。わずかにしか見えない状況を見ても、何が起きたのかは明白だった。

 そしてエルラはデェーテであろう人影から読み取れる寿命がない事に気付き息を呑む。そんなまさか、そう思ったところでその隣の人影がゆらりと動く。


「やっぱきた……」


 目が慣れると共に、少しずつランテの表情が見えてくる。虚ろなようで怒りと悲しみを湛えたその目元は、必死に涙をぬぐったのであろう、真っ赤に染まっていた。


「なんなのよ、決まりって……」


 薄暗い部屋の中、ランテの頬を光りが伝い落ちる。


「こんなにすぐ盗りに来なくてもいいじゃん……」


 デェーテの容態を心配して駆け付けたエルラが、“とりに来なくても”その言葉の意味に気付いた時にはもう遅かった。


「そんなに魂を刈るのが大事? あんたもあんたの母親と同じ! 結局は自分の立場や身分のことしか考えてないんだ! 友達だと思ってたのに!」


 ランテはエルラに詰め寄るとそう喚く。


「私……は……」

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