scene .14 寿命
「ア、アンタがそのまま寄越すからだろう!」
近くの台布巾を掴み取ると、デェーテは無造作に口の周りをこする。大量についたクリームはそれでは拭ききれない。
「だからばっちゃのはこっちだったんだって!」
ランテはそう言って、食べやすいように一口大に細かく切れ込みが入ったデザートが盛られた皿を自分の席の前に置くと、手拭き用の濡れタオルでデェーテの顔の上で伸ばされたクリームを丁寧に拭い取った。
「ひっどい孫娘だよ、老人を労わろうって言う気持ちが少しはないのかねぇ」
「あー! 言ったな? 次からは大きめカットにするからね!」
エルラはそんな二人の騒がしくも楽しいやり取りを微笑ましく眺めながら自分の前に置かれたデザートを口に運ぶ。
今はこの楽しい時間を壊すような発言は控えるべきだろう、そう思ったエルラは、デェーテの件については次ランテに会う時までに結論を出す。そう心に決めたのであった。
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――翌々日の昼過ぎ。
エルラはやっとの思いで結論を出していた。家の書類仕事と運び人としての役割をこなしつつ、その他の時間全てと寝る間も惜しんで行きついたのは、ランテにこのことを話す。というものだ。
何度も何度も結論を出してはひっくり返し、悩み、考え抜いた結果だった。
伝えることでランテは傷を負うかもしれないが、年齢を考えるといずれ遠からず訪れるデェーテの死。逃れられないのだとすれば残りわずかな時間を後悔せずに過ごして欲しい。それがエルラのランテに対する思いだった。
それに、もしかすると寿命が短く見えたのは病によるものであるかもしれない。その場合は一時的に寿命が短く見えることがあるのだ。病を克服すれば再び寿命が伸びる、その可能性も十分にある。
そんな、明るいとは言えないながら少しばかり晴れやかな気持ちでエルラは屋敷の扉を開いた。
「なりませんランテ様」
「通して! 約束してるんだってば!」
すると、屋敷の門の前でランテと屋敷の執事――ルウィが何やら揉めている様子が目に飛び込んだ。
屋敷の敷地に入ろうとするランテをルウィが引き留めている、と言ったところだろうか。迎えに来るにしても普段は門の前でエルラが出てくるのを待っているランテがどうして……? 一瞬呆気に取られ立ち止まったエルラの姿に気付いたランテが自分の名を叫ぶ。
その声にハッとしたエルラは小走りで門の前へと駆け寄った。
「エルラ! エルラ大変なの! ばっちゃが、ばっちゃが!」
ランテの様子とデェーテの名前に、エルラは背筋を凍らせる。
エルラ達が目にすることのできる寿命は日数や時間などではないため、確実なタイミングを知り得ることは出来ない。だが、数日なのか、十数日なのか、その程度の違いは見分けることが出来る。デェーテに見えた寿命は、明日や明後日などというすぐそこに差し迫ったようなものではなかったはずだった。もしかして病が進行した……? エルラは耳をすり抜けていくランテの訴えをなんとか聞きながら考えを巡らせる。
すると、小屋までの距離も移動が惜しいのか、ランテはワープホールを作り出し入るように促した。
そして、「早く!」そう言われるがままエルラは小屋へ繋がるワープホールを抜けた。
「ばっちゃ!」
「あぁ……出て行ったかと思えばすぐに戻ってきたりして、アンタはいつも騒がしいね。静かに寝てもいられない」
エルラの後ろからワープホールを通ってきたランテが、すぐ目の前に敷かれた布団で横たわるデェーテに駆け寄る。
デェーテの返しはいつも通りの皮肉交じりの言葉だが、その声には覇気がなく今にも消えてしまいそうだ。
「ねぇエルラ、ばっちゃは、ばっちゃは大丈夫だよね。もしかしてこのまま……なんてこと」
そう言って振り返るランテの顔を、エルラは直視することが出来なかった。
なぜなら、デェーテの頭上に見える寿命が確実に減っていたためだ。仮に病にかかっていたとしても、この減り方は普通ではない。今までエルラの能力を頼るような発言を一切してこなかったランテが、そのような発言をしたことを聞き逃す位にはエルラも動揺していた。もしかするとこれは――。
「神の、力」
エルラの呟きに、ランテが目を見開いた。
「ねぇそれって……それってどういう事? 大丈夫なんだよね? 昨日まであんなにピンピンしてたんだよ?」
膝をついたまま、エルラの服を掴みすがるようにそう訴えるランテの表情に、エルラは「私には何も」そう首を振る。
「じゃ、じゃぁさ、うちの寿命をちょっとでいいからばっちゃにあげてよ。言ったよね、そうやって助けられる命もあるって!」
寿命というのは、二種類の部分から構成されている。簡易的に表すとすれば液体の入った器だ。
液体は生命力、器そのものが命数と言ったところだろうか。液体は生活習慣や怪我、病気などの有無で増減を繰り返し、器は生まれ持った大きさを始点として日を追うごとに小さくなっていく。液体が無くなっても、器が無くなっても、生物は生存することは出来ない。
ランテの言っている他人に分け与えられる寿命、というのは、液体の話であって、器の話ではない。