scene .13 ランテの祖母
「アンタ達、まぁた外をほっつきあるってたんかい」
ランテの住まいである小屋の扉を開くと、ランテがただいまと言うより先に、扉の前に立っていた老婆が呆れたようにそう口にした。
老婆――デェーテはランテの育ての親であり師のような存在だった。ランテが拾われる何十年も前からエルラのお屋敷に貴重なフェティシュや高山植物を届ける仕事をしている。と言っても、ランテとエルラが出会った頃には既に良くなかった視力が大分落ち、今はほとんど見えていないため、最近は遠方への配達や暴れ回る高山植物の世話はランテが行っていたりする。それでも彼女の高山植物に関する知識と経験は膨大で、ランテにとっては毎日勉強の日々である。
「ば、ばっちゃ、そんなところに立って……もしかして待ってたの?」
「ふん、アンタの帰りが遅いから明日の出荷準備をしていただけさ」
玄関先にまとめられた荷物を顎でくいっと示すと、デェーテは部屋の奥へと入って行く。
ランテを拾い育てる前から変わり者ではあったらしいが、ヒツジ族ではないランテを拾い、更には後継者に選んだとして、国の中では随一の変人としてよく知られている。
その、周りの意見に一切影響されることない上、何にも物怖じしない態度にエルラも最初は戸惑ったものだが、今ではランテと変わらず自分にも接してくれる彼女のことが大切に思えていた。そして、自分には出来なかったことを成し遂げた、尊敬の対象でもあった。そんな彼女が……。
「ほら、玄関に突っ立ってないでアンタも手伝いな。どうせ食っていくんだろう? 顔を出したということは」
見たくなくとも見えてしまった物のことを考えてぼんやりと立っていたエルラは、デェーテの声にハッとすると「は、はい。お邪魔いたします」そう言って部屋の中へと進んだ。
デェーテは目が不自由だとは思えない動きで食材を刻みながら、隣に立つランテと笑い合っている。
「あれ、エルラ今日は平気なんだよね?」
「ええ、大丈夫です」
いつもよりもぎこちない様子のエルラを心配したランテの問いかけに、エルラは微笑みそう返す。
二人の付き合いは長い。恐らく何か心配ごとがあること位は察されてしまっただろう。だが、それ以上は詮索されないよう、エルラは出来るだけ明るく振る舞った。
そのお陰か、食事の準備から食事中まで何ら問題なく、他愛のない話に花が咲く、和気あいあいとした楽しい時間が流れた。
そして、全員の器が空になり会話に一区切りがついた頃、デザート取ってくる! そう言ってランテがキッチンの方へ向かって行った。その姿を目で追った後、エルラはデェーテの頭上に再度視線を向けると口を開く。会話の余韻を楽しむ老婆の姿に一瞬迷ったが、伝えるのならば早い方が良い、そう思ったのだ。
「おばあさま、その……」
言いながらもう一度デェーテの頭上を確認する。やはりあと数十日で、彼女の命が尽きる。前回――つい十数日前に顔を合わせた時に気付かなかったという事は、もしかすると病にかかってしまったのかもしれない。そうなのだとすれば、原因を特定すれば……と、デェーテはエルラの様子に何かを察したのか、普段ほとんど開いていない眼を開きエルラの方へ視線を向けた。そして、何かを察したように、
「あぁ……そうかいそうかい」
スゥーと小さな音を立てて息を吐きながら、皺深く曲がった人差し指を口元に立てた。
「いい、いい、それで。それでいいんだ」
穏やかに笑うその表情はまるで、エルラが悩んでいる事まで全てを理解しているようだった。
「お、ばあ、さま……」
いつもそうだった。ランテとこの老婆は、エルラが一族の力で見たものや知り得た知識を聞こうとはしなかった。もちろんエルラも一族の取り決めを守らなくてはならないため無差別的に伝えようとしていた訳ではないが、二人が知っていた方が良いのではないか、二人の役に立つことなのではないか、そう思い情報を伝えようと考えたことは何度もあったのだ。だが、一族の取り決めを破るかもしれない、そう思い会話がぎこちなくなるエルラに、二人はさりげなくそれを口にしなくてもよい方向に誘導してくれていたのであった。
そして、エルラ自身もいつの間にか“伝えない”その判断を下すことが当たり前になっていった。――だが、この情報は……。
「あ、あれ? 深刻そうな顔してどうしたの?」
少しだけ悩んだつもりが、気付くとランテがキッチンから戻って来ていたようだ。
その手の上には、丁寧に切り分けられたデザートが盛られた三枚の皿が乗っている。
「あ、えと、その」
「アンタには関係のない話だよ。さっさと甘味をよこしな」
ぎこちない笑顔を作って口籠るエルラを助けるように、デェーテはランテの手から皿を一枚奪い取った。
「あ! ばっちゃ、それはエルラの……」
「ふん、早い者勝ちさ」
他の二皿よりも少しだけ大きくカットされたデザートにフォークを突き刺すと、デェーテは二ッと笑ってそれを口に頬張った。
だが、一口で食べるには大きかったのか、口の周りにクリームをたっぷりと塗り散らかしている。
「ばっちゃその顔!」
「ふっ……」
そんなデェーテの顔を見て思わず二人は吹き出した。