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黒狼さんと白猫ちゃん  作者: 翔李のあ
story .06 *** 落ちゆく夢と渇きし未詳の地
158/193

scene .12 信と黙

「多分少年はクレイデザイナーを探してたんじゃないかなと思うんだけど」


 クレイデザイナーとは、万能薬の材料となる高山植物だ。その大きさは小ぶりの玉ねぎ程度で、その名の通り粘土や土などを身にまとい自らを核としてゴーレムを作り出す。比べて、子供の持つ球根はアイスゴーレムの近くで生成される氷の花を咲かせる球根だ。球根といってもサイズは親指の先程度の大きさで、実際はガラスではなく魔力によってその形状を留めた氷と表現するのが正しい。その内部に魔力凝縮によって生成された種が入っており、アイスゴーレムが存在した氷雪の付近でしか収集できないため、希少な物ではある。

 どちらも標高の高い位置で育つ植物であることと、ゴーレムに関係するということ、滅多にお目にかかれないという点から、昔から間違って伝承されることが多いのだ。この子供もその誤った情報に踊らされてしまったのだろう。


「だからこの球根は薬にはならない、かな。雪に植えれば綺麗な花は咲くけどね」

「そう……なんだ……」


 子供は氷の花の球根をランテから受け取ると、そっと袋の中に戻した。

 その表情はただただ落胆しているようにも、自らの浅薄さを愁いているようにも見える。


「ところでさ、少年?」


 すっかり意気消沈し切った子供の力無い視線を感じながら、ランテは上半身を起こした。


「お姉さんその花をちょっと研究したいなって思ってて」


 何を言いたいのかわからない、そんな表情をする子供に、ランテは二ッと笑って見せる。


「今度見に行くからさ、うちの代わりに少年がその花、育てておいてくれない?」


 この子供が命がけでクレイデザイナーを採りに来たことは間違いない。ランテはそういう、自分を犠牲にしてでも大切な人を助けたいという気持ちを持った人間が大好きだった。今の自分がここにあるのはそのお陰だと言えるからだ。

 「んーで、」ランテはそう言いながら腰につけた小さなポーチをゴソゴソと漁ると、小瓶を取り出した。


「この万能薬がその報酬。どっ? 悪くないでしょ」


 その言葉を聞いてみるみる目に光を取り戻す子供の姿に、ランテは満足げに笑う。

 本来やすやすと手に入るものではないが、高山植物に精通しているランテにとっては少し扱いが難しい、その程度の存在だ。それでこの子供の苦労が報われるのであればそれに越したことはないだろう。


「ありがとうお姉さんたち!」

「気をつけて帰るんだぞ、少年!」

「うん!」


 満面の笑みで二人に向かって何度も振り返り手を振って頭を下げながら駆けて行く子供を見送ると、ランテは再び雪の上にどさりと倒れ込んだ。


「あー! 疲れた!」


 そう口にしながらも、表情はとても楽しそうだ。

 エルラはそんなランテの隣に座ると、気力回復の魔術をかけはじめた。フラグメンタ・アストラーリアに戻る程度ならば、今の気力量でも十分だろうが、体調は万全に越したことはない。それに、気力回復薬が苦手なランテは小屋に帰ってもきっと……いや、必ず気力を回復しないだろうためでもある。


「今日はついてきてくれてありがとね、エルラ。心強かった」


 しばらくの間ぼんやりと空を眺めていたランテがそう口を開いた。

 ランテはこういう事をしっかりと言葉で伝えられるタイプだ。出会った頃こそ口数は少なかったが、思った事や感じたことを嘘偽りなく口にする。エルラはランテのそう言うところが好きだった。

 “死神一族”のエルラではなく、一人のヒトとして自分を見て貰えている、エルラにはそう感じられた。


「私こそです、ランテ」

「ふぇ?」


 いつもとは違う返答にランテは少し驚いたような表情をエルラに向ける。普段であれば、はい、とか、よかったです、とか返事をするだけなためだ。だがランテはそれでよかった。一族として言動に制限がありながらも、自分と同じ時間を過ごそうとしてくれている、ただそれだけで嬉しいものなのだ。


「え、あぁ、薬のこと? クレイデザイナーから有用液を抽出するのはなかなか骨が折れるからね」


 不意を突かれたランテは考え無しに可笑しなことを口走る。

 もちろん、違う事に対してお礼を言われたのは百も承知である。照れ隠し、一般的にはそう呼ぶのかもしれない。


「いえ、その……」


 友人を戸惑わせているとは知らず、エルラはというと子供から読み取れた情報――つまり寿命と種族を思い出していた。

 本来一族の能力によって知った情報は一族以外の者に漏らしてはならない決まりである。しかし、滅亡したと思われていた種族の生き残りを助けた。そんな功績は本人が知っても良いのではないだろうか。


「エルラ?」


 下から伺うようにして自分の顔を見つめてくるランテに、エルラは目を瞬かせた。

 きっとこの友人はそんな事実を知ったところで、そうなんだ! その程度の感想だろう。ランテにとって大切なのは、助けた者の種族や身分ではなく助けたという事実だけなのだから。


「また困っている人がいたら助けましょう、一緒に」


 微笑むエルラに、ランテは一瞬の間の後「もちろん!」そう言って笑った。

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