scene .11 転がる雪玉
ゴーレムというものは基本的には知能が低い。低いが、目の前で行われたことを模倣する位の事は出来るのだ。あと少しで作戦が成功する、そのことばかりに気を取られすっかり失念してしまっていた。
ランテは一歩前へ進もうとしているゴーレムの隙間から、心配そうにこちらを見るエルラと視線を送ると頷く。エルラは一瞬ホッとしたような表情を見せた後同じように頷いて見せた。
火打ち用の魔道具の元へ急ぎ近づくと、ランテは再び炎を作りだすべく魔道具を起動させカチカチと音を鳴らす。幸い、途中まで溜めた熱量は半分ほどの放出で済んでいる。ゴーレムはというと、今ランテに向かって歩を進めようとしているため、しばらくの間は雪玉を投げてくるようなことはないだろう。
「点いた!」
ランテは灯った炎を近くの火喰草の種に近づけた。すると、種から勢いよく炎をまとった木の根のような幹のようなものが伸び出た。それが隣の種に触れ、そのお陰で発芽した種から伸びた幹が更に隣の種に触れ……と幹と炎が蠢くように次の種へと渡っていく。そして、伸びた幹は隣の幹と絡み合うように結びつくと、満足したように鎮火した。本来ならばその場で地に根を張るのだが、今はそのために発芽させた訳ではない。
ランテは初めに炎を灯した種の辺りをグッと掴み腕に巻き付けた。そうしているうちに全ての日喰草が発芽しきったようだ。ランテが腕に巻き付けたのとは反対側を、エルラも強く握りしめている。
「よし!」
ランテとエルラは再び視線を交わすと、可能な限りのスピードで山の頂上の方向へと走り出した。
アイスゴーレムは、目的であったランテが視界から消えたのを確認すると、ゆっくりとランテの走り去る方向へ身体を転換させる。と、その次の瞬間だった。奴の身体がバランスを崩したように後方――つまり麓の方へと傾むいた。ランテとエルラの張った日喰草のロープが丁度膝の辺りに引っかかったのだ。
「いっけぇええぇえ!」
ランテはそう叫びながら思い切り日喰草を引っ張る。
一瞬体制を立て直しかけたアイスゴーレムであったが、込められた力に耐え切れなくなったのか、膨大な量の雪埃を巻き上げ地面を大きく揺らし後ろ向きに倒れ込んだ。そしてそのまま、転がるように岩肌に体をぶつけ砕け散らしながら麓へと落ちて行った。
「ランテ!」
「お姉さん!」
雪埃が次第に晴れ辺りの様子が見えるようになってきた頃、ランテがアイスゴーレムに雪玉を投げつけられた時と同じ二つの声が重なった。
先程と違うのは、声の主たちが倒れるランテの元へ駆け寄ったことだろうか。
「あ、あはっ! アハハハ!」
だが、心配はいらなかったようだ。ランテは立ち上がらずにその場で体をコロンと回転させ仰向けになり両手を広げると、大きな声で笑い出した。
アイスゴーレムの姿が見えなくなったのが確認できて、すっかり体から力が抜けてしまったらしい。
ランテのそんな様子に、駆け付けたエルラと子供は顔を見合わせる。
「いっやぁ、大変だったぁ!」
面白さからか、恐怖からか、ランテは自分でも理由がわからぬまま溢れ出てきた涙を、震える手で拭いとった。
だが、一件はこれで落着だろう。
「ねぇ、少年?」
ランテはそのままの体制で、きょとんとした表情をして傍に座る子供に声をかける。
「キミはどうしてアイツに追われてたの?」
子供は、ランテから視線を逸らすと、「あっ……え、と」と少し気まずそうな表情をして胸元を掴んだ。
ランテは晴れ渡った空で流れゆく雲を目で追う。そして、「これは独り言なんだけど」そう呟いてからゆっくりと口を開いた。
「雪山で寝転がってるお姉さん、実は高山植物の研究とかやってる人だったりするかもなぁ。だから、雪山に生える薬に詳しかったりするかもしれない――ってエルラ! 何笑ってるのさ」
クスクスと笑い出したエルラに、ランテは口を尖らせる。
だが、エルラは嬉しそうな表情のまま、
「いいえ、ただ……私はただ、ランテは優しいなと思いまして」
そう言ってランテに微笑みかけた。
そんな二人の様子に緊張がほぐれたのか、はたまたランテの独り言を信じたのか、胸元で握りしめられていた子供の手が少し緩む。そして、決心したようにゆっくりと首から下がる小さな袋のついた紐を胸元から取り出すと、あの、と小さく声を発した。
「ん?」
「あの、これ……薬になりますか?」
そう言って子供が差し出してきたのは、ガラスでできた透明の球根のようなものだった。それを目にしたランテが、やっぱりか、そんな表情になったのを見て、子供はガックシと肩を落とす。
ランテはどこから説明しようかとしばらく考えた後、「んーとねぇ」そう前置して話し出した。