scene .10 雪とデカブツ
「今だぁぁあ!」
ランテがそう叫ぶと同時に、モンスターの頭上に大きな穴が開いたかと思うと、その穴から大量の雪が降り注ぐ。モンスターは、聞いたことのないような音を立てながら突如降ってきた雪の塊の中に消えていった。
「ふぅ……これでひと段落、かな?」
モンスターの埋まる雪山が静かになったのを確認すると、ランテはエルラと子供のいる方へ振り向き、二ッと笑う。
「お、お姉さんすごい!」
「へへ、まぁね」
エルラの腕の中から飛び出すと、子供は目を輝かせながらランテの元へ駆け寄った。エルラも、まんざらでもなさそうに頭を掻くランテとはしゃぐ子供を嬉しそうに見つめる。
――今回は私が手を貸す程の事ではなかったかもしれない。エルラがそう心を撫で下ろした時だった。
ゴゴゴ……という低い地鳴りのような音が辺りに響きだした。先程モンスターによって起こされていた雪崩の音など比にならない大きな音だ。
「な、何の音……?」
ランテにしがみつきながら、子供は不安そうにそう呟いた。ランテとエルラは原因を探すべく辺りを見渡す。
エルラはランテの後ろ、先程ランテが積み上げた雪の山が細かく振動しているのに気が付いた。小さな揺れのため見間違いかとも思ったが、積まれている雪の山なりも少しずつ盛り上がってきているため、見間違いではないだろう。
「ラ、ランテ。この場を離れましょう。よくない予感、が……」
エルラは最後まで言葉を口にすることは出来なかった。その視線はランテの後ろ、それもかなり上方に向いたまま止まっている。
ランテと子供もエルラの視線の先へ顔を向けた。
「あっあぁ……!」
が、ランテも声を出すことは叶わなかった。子供に至っては全身を震わせて目を見開くので精いっぱいの様子だ。
雪煙によって見えにくく白い塊のように見えていた物。あれはアイスゴーレムの核であった。そんなことに今気づいたところで後の祭りであるのだが。
真っ白な雪で形作られたその体は、ヒトの姿を模したように胴とそこに手足、頭がついた形をしている。ランテが雪を振りかけたため、不足していた体の部位を取り戻すことができたのだろう。何より問題なのは、ランテが与えた雪が大量であった事だ。お陰で取り戻した体が、ヒトの何倍もの体積を得てしまった。味方であったらどれほど頼りになっただろう。
そんな巨大な体のアイスゴーレムが、怒りの形相でこちらを見下ろしていた。
「と、とりあえず二手に分かれよう! キミはあのお姉さんについて行って!」
ランテの指示に、子供は頷くとエルラの方へ駆け寄る。エルラは冷属性魔術防御と物理防御、素早さと体力を上昇させる魔術を流れるように全員にかけていく。
そしてアイスゴーレムは見た目の通り、大きくなり過ぎた体のせいで動きは鈍くなっているようだった。そのお陰でまだ数歩の猶予はありそうだ。とは言え、一歩動かれるだけで体勢が崩れる程の揺れが起きるため、判断を見誤れば山の麓まで一直線という可能性だってある。
ランテはゴーレムによる歩行で崩れた体勢を整えながら麓をちらりと見た。そしてエルラに視線を送ると、頷き合う。
「お前の相手はこっちだぞ! この木偶の坊!」
足元から土の混ざった雪をかき集め作った小汚い雪玉を投げつけると、ランテは火喰草の種を等間隔に落としながらアイスゴーレムの下方側をその背面へ向かって走る。
火喰草とは炎を喰らい近くに存在する同種と絡み合うように成長する植物で、本来は火山の近くに生息している。その強度が木の根程もあり種状態であれば持ち運びが楽であるため、即席のロープとして使われるようになった。高山植物家として崖を移動することのあるランテにとっても大切な商売道具のうちの一つだ。
アイスゴーレムはと言うと、ランテの思惑通り雪玉をぶつけられたことに腹を立てランテを追うため体を翻そうとしていた。
「さぁ付いて……」
ランテはアイスゴーレムの背後に辿り着くと、火喰草に与える炎を作り出すために持ち歩いている火打ち用の魔道具をカチカチと鳴らす。アイスゴーレムまでは、奴の足で二、三歩と言ったところだろうか。
余裕だな、そう思ったランテが油断して視線を下げた時だった。
「ランテ!」
「お姉さん!」
エルラと子供の叫ぶ声が重なる。
ランテがその声にハッとして顔を上げた時にはもう遅かった。アイスゴーレムはランテがしたのと同じように、近くの雪を集め作った雪玉をランテに向かって投げつけたのだ。その大きさは言うまでもなく、ランテが投げつけた物とは比較にならない程大きい。更には巨大化したその体から発される力はとんでもなく強いようで、勢いよく飛んできた雪玉に避けるということを考える間もなくランテの身体は後方へ吹き飛んだ。
「いっ……たぁ!」
エルラの防御魔術が無ければひとたまりもなかったであろう。ランテは体の上に降り積もるように被さった雪を勢いよく払うと、その場で体を起こす。そして、雪玉を思い切り顔面に食らったことで鼻から垂れだした赤い液体を手の甲でふき取った。