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黒狼さんと白猫ちゃん  作者: 翔李のあ
story .06 *** 落ちゆく夢と渇きし未詳の地
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scene .8 はじめてのともだち

 エルラは一瞬目を丸くすると、すぐ笑顔に戻った。

 こうして、この女の子と話すことができたなら、ここ何日の間はずっとそのことで頭がいっぱいだったのだ。


「ええ。わたくしはエルラ、よろしくね」

「う……わ、たしは……ランテ」


 エルラの満面の笑みに、ランテと名乗った女の子はエルラから視線を外しもじもじとしながらそう答える。


「うん、ランテちゃんね。仲良くしましょう」


 そう言って再び差し出されたエルラの手を見つめると、ランテは自らの手をズボンで拭く。そしてその手を握り立ち上がると、ランテはエルラの顔をちらちらと覗き見ながら口を開いた。


「さっき運び人様って……」


 ランテの言葉を聞いて、エルラはふぅ、と一つ息を吐いた。

 そう、エルラは魂の運び人――いわゆる死神と呼ばれる一族の一人だった。エルラはまだ独り立ちできる年齢ではなく、魂鎌(くすひがま)と呼ばれる魂の刈り取りをするための鎌も持たせてもらっていない。だが、この国では尊き神の一族に属するというだけでエルラも崇敬の対象であり、また、触らぬ神に祟りなしという考えからか一族以外の国民とはあまり接さずに育ってきた。

 もちろん通りがかりで挨拶をしたり、手助けをすればお礼を伝えられたりなどはあるが、どこかよそよそしさを感じざるを得ず、友達などと言う存在は居ぬに等しかった。そんな時に見つけたのがランテだったのだ。


「エルラ……?」


 急に黙りこくってしまったエルラの顔を、ランテが心配そうに覗き込む。


「ふふっ」


 視線が合うと相変わらず何度も瞬きをしながら視線がうろうろとしてしまうランテに、エルラは不思議と笑みがこぼれた。

 この子なら、ランテならば大丈夫、なぜかそんな気がする。


「な、なに? うち、あ、わたし、何かした……?」

「ううん、何でもないわ。――わたくしはこの国、フラグメンタ・アストラーリアを統括する一族のまつえ……」

「えっ! あ、あのお屋敷の……!」


 ランテはエルラの話を最後までは聞かず、どこか嬉しそうにごそごそとポケットをまさぐり始めた。

 そして、首をかしげるエルラの前に出してきたのは綺麗に折りたたまれた古ぼけた布であった。


「あ、えっとね」


 ランテはそう言って布を広げる。そこにはエルラにもよく見覚えのある国の紋章と、屋敷への立ち入りを許可するとの文言が魔術によって印字されていた。


「うちね! あのお屋敷に薬品を届けてるの! あそこエルラのお家だったんだ……! えっと、本当はばっちゃの仕事なんだけど、ちょっと足を怪我しちゃって。それで最近はうちがやるように……」


 目を輝かせて話していたランテは、ハッとして突然言葉を止める。

 国を統括する一族の一員であるエルラの言葉を遮ってまで、自分のことを話す。それは失礼に当たるのではないか。祖母にも言われていた、一族の尊きお方たちには決して失礼なく頼んだよ、その言葉と共に今更押し寄せる後悔の念に、ランテはうつむいたまま小さく震え出した。

 魂を刈ることのできる一族に嫌われたとしたら、国を追われるどころか、この世から切り離されるかもしれない。


「ランテ?」


 その様子を見て心配したエルラがランテの顔を覗き込むようにしてそう呼びかけるが、それに驚いたようにランテはビクッと身体を縮こませた。

 そして恐らくランテは謝ろうとして口を開閉させているのだろう。そんな場面を幾度となく見てきたエルラは少しばかり気を落とす。やはり、死神一族である自分が友達を作ろうだなんて、難しいのだろうか。


「ふふ、ランテちゃんは本当はおしゃべりさんなのね」


 出来るだけ怖がらせないように、出来るだけ優しく、エルラはそう声をかけた。それでもいつも、一方的にひたすら謝られ逃げていってしまうのだけれど。それとも、ランテは余所者だから大丈夫かもしれない。虐められ孤立している子とならば仲良くなれるかも、そんな邪な思いが伝わってしまったのだろうか。

 そんなエルラの思いを余所に、ランテは少しずつ顔を上げた。


「お、怒って、ないの……?」


 そして、そう絞り出すような声でエルラに問いかける。その視線は初めの頃と同じように、あっちへこっちへと浮遊している。

 だが、他のヒツジ族の子供たちのように逃げ出したりはしなかった。


「もちろん……!」

「えっ」


 潤む瞳を隠すように、エルラはランテに思い切り抱き着いた。こんなところを誰かに、家の者に見られたらひどく怒られるだろうが、今はこの喜びを全身で現さずにはいられなかった。


「えっ、えっと……え、エルラ?」

「あ、ごめんなさい」


 ランテの戸惑う声に、エルラは身体を離す。


「……泣いてるの?」

「ふふ、嬉しくて」


 心配そうにきょとんとするランテに、エルラは笑って見せた。

 その表情はエルラが生まれてからはじめての、心からの笑顔だった。

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