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黒狼さんと白猫ちゃん  作者: 翔李のあ
story .06 *** 落ちゆく夢と渇きし未詳の地
153/194

scene .7 平等であれ

 数メートルどころか数十センチ先も見えないような猛吹雪の中。まだ三つほどだろうか、小さな女の子が母親の背中を懸命に追いかけていた。

 一歩、また一歩と前に出す足にはもう感覚などとうにない。


「貴女がもたもたしているから吹雪に見舞われたのですよ!」

「申し訳ございません、お母さま」


 母親の怒号に、女の子は無感情のままいつもと同じ返答をする。

 本当は、前夜に呑み過ぎた母親が数十分起床するのが遅く、予定の汽車に乗り遅れたことが原因であるのだが、そんな事を考えることすら女の子は忘れてしまっていた。こう返答しておけば少なくとも手をあげられることはない。

 雪を踏む二人の足音と強風の音、そしてたまに聞こえる母親の小言。国の入口にたどり着くまでの時間、天候による寒さと母親の態度のせいで、女の子の体と心は限界まで冷え切っていた。

 そんな時間がどれほど続いた時だろうか。


「――?」


 今までに幾度となく繰り返されたのとは違う音が聞こえた気がして、女の子は少しだけ顔を上げた。

 吹雪によって遮られる視界の中、程近くの雪影に何やら小さな籠のようなものが置かれているのが見える。


「お母さま」

「何をしているの! 早くしなさい!」


 女の子のか細い呼びかけが聞こえなかったのか、女の子が立ち止まっていることに気が付いた母親は怒声を飛ばす。

 だが今回は女の子も引かなかった。生あるものに平等であれ。母の、いや、一族の教えに忠実であるべき、そう教育されているためだ。


「お母さま、何かがおります!」


 女の子の必死な訴えに、母親はウンザリとした様子でその指がさす方向へ視線を向けた。

 そして渋々とそちらへ足を向ける。自分の訴えに耳を傾けて貰えたことに、女の子は少し嬉しそうな表情をすると、母親の後ろをついて歩いた。


「あかちゃん……」


 籠の中で小さく泣くのは、どうやら赤子の様だった。この風音の中よく聞こえたな、と思う程にその泣き声は力無い。雪と岩で囲まれ、多少降る雪と風を避けられるとは言え、極寒の中であることに違いはない。そんな中で泣き続けていたとすれば、体力はもう底を尽きていてもおかしくないだろう。

 母親は赤子を包むように掛けられた毛布を指先で摘まむと、女の子に向けて一つの質問をした。


「この赤子の寿命は?」

「はい、お母さま。――まだ十分にあります」

「そうね」


 母親はその答えを聞いて、今日初めて満足げな視線を女の子に向けると、摘まんだ毛布を手放し手を叩いた。そしてそのまま赤子に背を向け元々進んでいた方向へ歩を進め始める。


「お母さま?」

「早くなさい」

「このままではあかちゃんが」

「寿命は?」


 女の子は母親のその発言で、全てを理解した。


「十分、です」

「そう」


 寿命が残っているからと言って、死なない訳ではない。そんなことは一族の誰もが知っているというのに。


「……ごめんなさい」


 “いかないで”そう言っているような切ないオレンジ色の瞳にそう呟くと、女の子は母親の背中を追いかけた。




*****

****

***




「なんだよお前、変な角しやがって!」

「前から思ってたけど、髪の色もなんか変!」

「よそ者は出てけよ!」


 路地の向こう側から、何やら嫌な言葉を叫ぶ子供の声が聞こえる。

 今日もまた、あの子がいじめられているのだろう。生あるものに平等であれ、その教えに従うように、少女――この国を統括する一族の末裔であるエルラは早足で路地を曲がると声を張り上げた。


「ちょっとあなたたち! 弱いもの虐めなんて恥ずかしいと思わないのですか?」


 エルラの声に、子供達はぎょっとしたような表情をすると、


「やべー、運び人様が来たぞ!」

「逃げろー!」


 そう言ってその場を走り去っていく。


「全くこりないのだから……あなた、大丈夫?」

「…………」


 先程の子供達にやられたのか、道端に尻餅をつくその女の子――オレンジ色の髪とヒツジ族とは違う角を持った女の子にエルラは手を差し伸べるとニコッと笑った。

 しかし、そのオレンジ色の髪をした女の子はエルラの方へ視線を向けず、黙り込んでいる。これも、いつも通りだ。

 初めてこの現場に居合わせたのは、両の手で数えられるギリギリの数だけ前の事。たまたま通りかかったこの道で、女の子は今日と同じ子供達に同じような罵声を浴びせさせられていた。その時一瞬だけあった視線が、“あの時”見たオレンジ色の瞳だと気付くのには瞬き一つの時間も必要なかった。あの時自分が助けられなかった命を誰かが助けてくれたのだ。その事実に、ずっと抱えていた罪悪感が少しだけ薄らいだ気がした。そして、次こそは自分が助けるのだ、そうエルラの心の中で何か強い気持ちが芽生えていた。

 エルラはそれからこうして、毎日この場所へ来ては女の子のことを助けている。

 だが、女の子はいつもこの後、何を言う訳でもなく、エルラの手を取るでもなく、一人立ち上がるとズボンについた汚れを払う事もせずどこかへ歩き去ってしまうのだ。きっと今日もそう、そう思いかけた時だった。


「……あり、がと」


 いつもどこか違う方向を見つめている視線が、夕方の空のような暖かいオレンジ色が、今はエルラの方を向いていた。

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