scene .6 打開策
その可能性とは、複数のトリックレイの空間に共通して取り込まれている可能性だ。
その場合、移動できる範囲が狭まるため、トリックレイ本体がその範囲内に存在しない場合脱出することが出来ない。その上、当たり前だが、時間の搾取も加速する。
「もう! どうしろって言うのよ! こんな汚い場所で干からびて死ねって言うの⁉」
説明を受けたヴィオレッタが行き場の無い怒りを言葉にして吐き出す。
複数のトリックレイの空間に取り込まれることは、“考えられること”ではあるが、記録が一切残っていないためロルフもランテも想定から外していたのだ。だが、記録が残っていない、それが意味することは、起こったことがない、と言う事ではなく、同じような状況に陥った獣人が誰一人として脱出することが出来ていない、と言う事なのかもしれない。
「ワタシにはまだやらないとならないことが山ほどあるのよ……こんなところで死ぬなんて御免だわ」
誰からも反応して貰えなかったヴィオレッタは、今度は意気消沈した様子でそう呟く。だが言葉とは裏腹に、その姿からは脱出への希望が潰えた事への落胆しか窺い知れない。
うずくまるロロも、その隣で今にも気を失いそうな顔色をしたクロンも、脱出の手立てを考えられる程の余裕はないだろう。
「それだ!」
しんと静まり返った黄土色の空間に、一人諦めずに唸っていたランテの声が響き渡る。
「それだよヴィオレっち」
「な、なによ」
突然組んでいた腕を解かれ強引に交わされる握手に、ヴィオレッタは不機嫌そうに眉根を寄せる。そんなことは気にしないと言わんばかりに満面の笑みを浮かべたランテは、とんでもない一言を言い放った。
「死ねばいいんじゃない?」
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「はぁ?」
ランテの言葉に、不機嫌な表情の隙間に褒められている事によるまんざらでもなさを漂わせていたヴィオレッタの表情が完全に不機嫌なものへと変化する。
「ああ! 待って待って! 違うんだよ、死ぬって言っても仮死って意味で!」
ランテはヴィオレッタに……いや、この場にいる全員にそう弁解する。
そして身振り手振りを交えながらこう説明した。
トリックレイが獲物として認識するのは、寿命のある有体生物のみだ。そこで、寿命の在りかと言っても良い魂を身体から切り離しトリックレイの獲物で無くなる事で、魂のみ一度この場から離脱する。
「後は本体を見つけ出して叩けばいいってわけ!」
ランテは簡単に言っているが、“魂を身体から切り離す”ことも、“魂のみでモンスターを叩く”ことも、普通に考えればできる訳のない事である。だが、ここまで自信たっぷりに言い放つという事は、何か案があるのだろう。
ロルフ達は黙ってランテの説明の続きを待つ。
が、ランテの説明が続くことはなかった。ロルフ達の反応の薄さに、ランテはきょとんとした後、気まずそうな表情で頭を掻く仕草をした。
「あ、あれ?」
「あれ? じゃないわよ。そんなこと誰が出来るって」
「できます」
ヴィオレッタの声を遮るように、凛とした声が響く。
その声と共にランテとヴィオレッタの間に割って入ったのは、エルラだった。エルラは一度ヴィオレッタと合わせた視線をスッと地面に落とすと言葉を続ける。
「ランテの薬と、私のこの鎌があれば。可能です」
可能。その言葉とは裏腹に、エルラの表情は険しい。ランテを庇うために声を発したものの、口にしてしまったことを後悔するような顔だ。
「なる程な。だが、最良案ではない。そういう事か?」
ロルフの問いかけに、エルラは小さく静かに頷く。
「身体と魂を切り離すには、ある程度肉体が弱っていなくてはなりません。そのために身体を傷つけることになります。ですが、魂が離れている間に肉体が活動を停止した場合、それは……完全なる死を意味します。その上、肉体が活動し続けていたとしても確実に魂が戻って来られる保証は、ありません」
エルラの説明に、ロルフ達は見出しかけた希望の光が潰えるのを感じていた。ただ一人を除いて。
「と! 言う訳で。うちが一回やってみるからさ」
一回やってみる、一度失敗したら次はないにもかかわらずランテは明るくそう言い放つ。
「でもランテ!」
「チッチッチ……うちを誰だと思ってるのさ?」
人差し指を振り子のように左右に揺らしながら、ランテはエルラに片目を瞑って見せた。
そして、ロルフ達に視線を向けると、イタズラな表情で二ッと笑って言う。
「実はうち、一回成功してるんだよねぇコレ!」
「それでも!」
「それにね、エルラ」
くるりと体ごとエルラの正面に向けると、ランテは彼女の両手を握ってその瞳を見つめる。
「うちはエルラを信じてる。エルラはどう?」
その言葉に答えぬまま不安そうな表情で自分を見つめるエルラに、ランテは優しく微笑んだ。
「それにね、エルラ。あの日からうちは、自分で犯した過ちを誰かのせいにして、背負わせるのはやめるって決めたんだ」