scene .2 転送
安心して、と言われても、鎌で首を切るような動きをされる。そう考えただけで普通は身が凍るものである。青ざめた顔で首に手を当てるロロと、妹と同じような表情で硬直するクロンに、エルラとランテが丁寧に説明を追加しだす。
だが、ロルフには他に気になることがあった。血晶についてではない。魂鎌についてだ。あの鎌の持ち手にデザインされた柄はどこかで――
「ほら、次はアナタ。さっさと首を差し出しなさい」
記憶を辿るロルフにそう声を掛けたのは考えるまでもなくヴィオレッタだ。
いつの間にか説明は終わり、ロロとクロン、ヴィオレッタは血晶の生成を済ませたらしい。それにしても、ヴィオレッタのこの言葉選びのセンスはどうにかならないものなのだろうか。
「あぁ、悪い。よろしく頼む」
ロルフはそう言って頭を少し下げ目を閉じる。そして数秒もしないうちに小さな結晶が地面に転がり落ちた。ランテが言っていた通り何かが触れる感覚は一切なく、首元を涼し気な空気が撫でた、その程度の感覚である。
シャルロッテを抱くロルフの代わりに血晶を拾い上げたロロが、それをロルフの掌に乗せながら「ん?」そう首を傾げた。
「一人ずつしか行けないなら、シャルロッテはどうなるのよ?」
未だに眠り続けているシャルロッテを見つめるロロの言葉に、エルラは少し考えるように視線を動かす。
そして、数秒の沈黙の後に静かに口を開いた。
「……問題ありません。そちらの、ロルフ様と共にお入りください」
「ふーん?」
眠っていれば問題ない、そう捉えたのか、ロロは多少疑問が残っていそうながら納得したように視線をシャルロッテから外した。
恐らく本当は、シャルロッテの本質が動物であるため獣人としてカウントされない、そういう事なのだろう。
「ただいまより転送の手順を説明いたします」
エルラはロロの反応に安堵の表情を見せると全員の顔を見渡し、何やら小指の先ほどの窪みがついた小さなコインのようなものを一つずつ手渡した。正八角形のそのコインには、数字ではなく何やら呪文らしき文字が所狭しと刻み込まれている上、窪みの分厚みがある為、普段使っているコインとは大分印象が違う。
エルラはロルフ達に渡したのと同じコインを一枚手に持つと、陣のある部屋へと足を踏み入れた。そして、陣の南側、つまり黄土の大陸がある方向に描かれた模様を指さし、
「こちらに、この転送手形を立てて置いて頂きます」
そう言ってコイン――転送手形の一片を下辺となるように立てて置いた。そして、その場で立ち上がると通行手形を奥に倒すように踏みつける。
「本来はこちらの窪みに各々の血晶をはめ込み今の動作を行うため今回は作動しませんでしたが、手形を足で倒すことで陣が作動するように出来ております」
拾い上げた転送手形の窪み部分を指で示しながらエルラは部屋を出る。
「今私が手形を置いた位置は部屋に入り見て頂ければわかるでしょう。もしわからなければ私はこちらにおりますのでお聞きください。――何か、質問がある方はおられますか?」
エルラの言葉に全員が首を振る。思っていたよりも簡単なのは、一人で手順を踏まなければならない故の事なのだろう。
「しかし、私はフラグメンタ・アストラーリアから出たことがありません。故にこの先――転送される場所の安全の保証は致しかねます」
そう口にするエルラの眼差しは真面目なようで、どこか期待のような感情が見て取れる。
「ま、問題ありそうならうちの能力ですぐ戻ってこれるから安心してよ!」
そう得意げに言うランテも、エルラを連れて国の外へ出るということに胸躍らせている様子だ。
モモの救出と言う目的を忘れてもらっては困るが、国から出たことのないエルラと、彼女に外の世界を見せる事が叶うランテ、二人にとっては別の意味で特別な旅となることは間違いない。
「ロルっちたちも戦えるし、多少のモンスターやなんかなら問題ないよね。さ、黄土の大陸に向かいますか!」
ランテはそう言うと転送手形に自身の血晶をはめ込み、陣のある部屋へと足を踏み入れた。すると、先程エルラが動作の見本を見せた時とは異なり、陣が光を纏い周囲をほのかに照らし出す。ランテはそのまま、躊躇うことも無く先程言われた場所に手形を置くと「じゃっ」そう言って片手を上げて手形を踏みつけた。
それと同時に、陣の纏っていた光がランテの足元に徐々に集結する。そして、そのまま体に巻き付くように下から上へと移動した光が頭の先へとたどり着いたかと思った次の瞬間。ランテの姿は跡形もなく消えていた。
「……それでは」
しばし、と言うには少し長めの静寂の後、ランテがあちら側で部屋を出たことを確認できたのか、エルラがそう言ってヴィオレッタに部屋へ入るよう促した。戻って来ずに外へ出たという事は、取り敢えず近辺には問題がなかったのだろう。
エルラが次にヴィオレッタを指名した理由についてはわからないが、モンスターが出現した場合にも話の通じない獣人がいた場合にも対処できるため最適であると言える。ヴィオレッタはクロンにのみまた後で、そう声をかけるとさっと手順をこなし姿を消した。その後に指名されたクロン、ロロと、二人とも問題なくあちらへと移動出来たようだ。
最後に残されたロルフは、エルラの指示を待つ。だが、一向に動かないエルラに、何か問題が発生したのだろうか。そんな一抹の不安が過ぎる。