scene .1 古の転送陣
「エルラは皆の寿命が見えちゃうんだなぁ」
「そうなの! わたしは何歳で結婚する?」
そんな気の抜けた会話をしながら、一行は洞窟の中を進んでいた。
作りを見る限りかなり古く、使われなくなって数十年は経っているのか内部はかなり痛みが進んでいた。だが、そこはさすが魔術大国。木材や紐などの朽ちゆく自然物は魔術によって補填されるよう設計されており、更にはヒトに反応して洞窟内の気温と湿度が快適に保たれるように魔術がかけられていた。お陰で今現在も安心して歩を進めることができているという訳だ。
「それは分からないんじゃ」
「そうですね、わかりかねます」
「あっそっ、そうよね! 寿命とは関係ないものね」
期待の眼差しから一転して赤面したロロに、エルラは朗らかに笑う。
ロルフに対しては何かと棘のある対応をするエルラであるが、他の者とのやり取りをを見ている限りおっとりとして人当たりの良い性格の様に見える。昨日の件を考えるに、シャルロッテを獣人化したのがロルフであることに何か懸念点があるのだろう。だが、そのことを他の者に話そうとしない事を考えると、公言出来ることでもないと考えられる。
「まぁ、そうだよな」そんな風に思いながら、ロルフは腕の中で眠るシャルロッテを見る。元々シャルロッテはただの動物だった、そんな言葉を誰が信じるのだろうか。
「んーと……エルラのスリーサイズの話、する?」
「ら、ランテ!」
と、洞窟に入ってからここまでずっと会話を仕切っていたランテの話題のネタがついに切れたらしい。エルラの自慢話、という名の話題が。
「冗談だって!」そう言うランテに、少し頬を染めたしなめるような対応をした後、エルラがんんっと小さく咳払いをした。
「そろそろ着きますよ」
するとその言葉の通り、前方に鉄格子で出来た扉が見えてきた。扉の先は部屋のようになっているらしい。壁際には使われなくなった道具が入っているのであろう木箱などが置かれており、その上に乱雑に布が掛けられているのが見える。中央には――
「これは古く昔、商業、観光用に使われていた独用陣です。荷物の搬入や旅行など、当国に入国を許可された者が一人ずつ自らの血を以ってこの陣を使い我が国へ入国したと聞きます」
エルラが本来ドアノブがついているであろう位置を指でトントンと触れると、扉はキィイという甲高い音を響かせ少しずつ開く。錠やドアノブが付いているようには見えないが、恐らくエルラ自身が鍵の役割を果たしているのだろう。当時も当主とその一族が入国を厳しく取り締まっていたことが伺い知れる。
「動物や、許可陣を身につけたモンスターは一人としませんが、獣人は一度につき一人まで。この部屋へ入る事が許される上限です」「おっと!」
エルラが部屋に足を踏み入れた後、続いて部屋に入ろうとしたランテが何かにそれを阻まれた。パントマイムで壁を演じているような動きで、扉があった場所を手で触ったり叩いたりしている。
「恐らくあちら側にも同じような仕組みがあるでしょう。ランテ」
「おっけーエルラ」
見えぬ壁に置かれたランテの手を取るようにエルラが部屋から出てくると、ランテはポケットから細く短い棒のようなものを取り出した。そしてそれをロルフ達の方へびしっと突き出す。
「うちが一番最初に向こうに行くからね。それでこのエルラの分身! を使ってあっちの扉を開けて待ってるから」
「あ、作り方は機密事項だから教えないよ?」誰が盗ろうとしている訳ではないが、棒をさっと隠すような仕草をしながら笑うランテに、エルラが微笑んだ。ロルフ達がいることをわかっているからこそのこの掛け合いなのだろうが、どこか二人だけの時間が流れているようなそんな錯覚を覚える。
上手くいったと言わんばかりに二人は数秒の間にっこりと見つめ合うと、エルラが再び口を開いた。
「目的の大陸への行き方ですが、先ほど言った通り血液が必要となります」
そう言ってエルラがスッと手を動かすと、先の戦闘で使用していたと思われるのと同じ大きな鎌が現れた。そしてその刃の先を自らの首後ろへとあてがうと、ロルフ達が驚く隙すらない程の流れるような動きで刃を動かした。
次の瞬間。コロン、と床へ転がり落ちたのは、もちろんエルラの首ではなく深紅色をした小さな結晶だった。
「皆さまには今からこの血晶を生成して頂きます」
今起きたことを理解できずにいるロルフ達を余所に、エルラは血晶と呼んだその深紅色の結晶を拾い上げると、一行に見えるように持ち上げそう言った。
「く、くびは! どうなってるのよ!」
ロロの叫びが洞窟内にこだまする。
「うちも最初はぎょっとしちゃったんだけどね」
先程“エルラの分身”を取り出したのとは逆側のポケットから血晶と思われる物を取り出しそう言うのはランテだ。
「エルラの鎌は、魂の鎌と書いてムスヒガマ、って言って、本来魂を刈りとる為の物だから実体を切ることは基本的には出来ないんだって。今見てて分かったと思うけど、髪の毛すら切れないから安心してよ!」