scene .34 山吹の大陸へ
「ええ、いいわ」
エルラの言葉に間髪入れずそう答えたのはヴィオレッタだ。
「ありがとうございます。私も精いっぱい……」
「そう言うのはほら、ね? 行動で示してくれればいいのよ」
ヴィオレッタはそう言って再びエルラに歩み寄ると、その肩を抱いて歩き出す。
そしていつもの演技がかった動きで腕を宙に浮かせると、
「ほら、何かあるんじゃない? こう、楽に移動できる乗り物、とか」
そう言った。
先の台詞が台無しになる程潔い。まぁ、それでこそヴィオレッタだともいえる。それ程早くこの場を離れたいのだろう。
エルラは何度も乱されるペースに戸惑いながらも何かを考えるように視線を泳がせると、何かを心に決めた様に小さく頷き口を開いた。
「この近くに古の時代に使われていた地下道への入り口があります。確か転送陣もあったかと……」
「あら!」
明らかに機嫌のよくなったヴィオレッタは、「じゃ、さっさとその地下道へ行きましょ!」そう言ってエルラの肩を抱いたまま道案内を促した。エルラはヴィオレッタに言われるがままに、ゆっくりと歩き出す。
一方ロルフ達はと言うと、そんな二人を眺めながら「あれはただのフレンドシップ、あれはただのフレンドシップ……」というランテの呪いのように繰り返される呟きを聞き、外気とは異なる要因で背中が冷たくなるのを感じていた。普段、ヴィオレッタがクロンにベタつくのを蔑むような目で見ているロロが、兄の脇腹を肘でつつく程だ。
「ヴィ、ヴィオレッタさん!」
そんな妹の意を汲んでか自らの意志でかは分からないが、クロンがヴィオレッタを呼び止める。
すると、普段自分からしか構うことがないと自覚しているのか、ヴィオレッタは感動したように目を輝かせながらこちらを振り向くと、驚くような速さでクロンの元へと駆け寄った。そして、緩み切った表情で身体をくねらせると嬉しそうに口を開く。
「なぁに、クロン? クロンも寒いわよねぇ? 早く行きましょ」
「えっ、あぁえと……はい!」
呼び付けた後の事を考えてはいなかったのか、ヴィオレッタの言葉に背筋をビクリと震わせながらクロンは差し出された手を取った。そのまま連れられるクロンの背中にロルフとロロは敬意の眼差しを送る。
だがお陰で、ランテの心は平静を取り戻したらしい。「よし!」そんな掛け声を出すと、急にほっぽり出されきょとんとしているエルラの方へと走り出した。途中、くるりと振り返ると、
「ロルっちとロロたんも早くおいで! 急がないとアクマがやって来るかも!」
門の方へ視線を向けながら、両人差し指を頭の上に立てそう言った。わざわざ小声にしてまでアクマ、と表現したのは恐らくエルラの母のことだろう。どのようにしてあの母親を振り切ったのかは、気になる所であるが、今はその地下道へと向かうのが先決だ。話ならば道中いくらでも聞くことができよう。
言葉の後、手をこまねき小走りでエルラの元へと走るランテの後を追いかけるため、ロルフはシャルロッテを抱き上げる。そしてロロに、
「俺たちも行こう」
そう声をかけると、大分遠くまで進んでしまっている四人を見失わないよう急ぎ足でその背中を追いかけた。