scene .31 エルラの心労
エルラは身体をビクッと縮こませると、「はい、お母様」そう絞り出すように震える声で答える。
「その理由がお友達ごっこの為だったなんて!」
「申し訳……ございません、お母様」
視線を下げ儚げな表情で立つ美しい姿を朝日が照らしだすその様子は、まるで絵画のようである。綺麗に揃えられた手が震えていることを除けば、だが。
「その上、そのせいで侵入者騒ぎ!」
「そ、それはわたくしが」
「お黙りなさい!」
エルラの弁解を聞く気など更々ないのか、母と呼ばれたその女性はエルラに謝罪以外の言葉を口にさせる間を与えずピシャリとそう言葉を被せる。
「言い訳言い訳言い訳! 貴女は言い訳ばかり! そんなことならば口をつけて産むのではなかったわ」
反論することも敵わず、エルラは口を結ぶと、その場をただただやり過ごすように何かを諦めたような悲し気な表情で俯いた。
「今回ばかしは許されませんよ」
女性はエルラを一瞥してそう言うと、どうすればよいのかわからずただ二人の会話の行方を見守っていた一行の方向へ体を向けた。そして、
「貴方方を国へ招き入れたのは手違いでしてね。うちのエルラが悪いのかと思いますけれど。お詫びとして朝の食事は用意させましょう。ですが、この国に留まれるのはそれまでです。迅速にご退去くださいね」
と流れるように口にすると、さっと身を翻し扉へと向かった。途中で「貴女はちょっと来なさい」、そう言ってエルラを追従させると、二人は無言で部屋を後にした。
「な、なんなのよ……あれ……」
しばらくの間、唖然としたまま二人の消えて行った廊下を見つめていた一行だったが、その沈黙を破るようにロロがぽそりと呟く。
あれが世間でいう毒親と言うやつか……そんな感想とと共に、エルラを気の毒に思う気持ちがふつふつと湧き出る。だが、今は彼女のことを気に掛けている場合ではない。エルラには悪いが、モモの救出が最優先だ。あの女の言う通りになるのは多少癪だが、ここは朝食を取った後、すぐに黄土の大陸へ渡る方法を考えなくては。
ロルフがそんなことを考えていると、二人を追いかけていったはずのルウィが部屋に戻ってきた。いつも伸びている背筋が気持ち丸まっているように見えるのは、気のせいではないだろう。
「朝から大変失礼いたしました。先程のお方がこの屋敷の当主で一族の長でありまして……」
ルウィはそこで一度言葉を遮ると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「皆さまにはエルラ様をお救い頂いた恩もございますため、どうぞごゆっくりと申したいのは山々ですが、いかんせんあのお怒りのご様子。とても私どもに進言する隙などあらず、本日御退居頂きたいのですが……」
ここまで口にしたところで、ルウィは新たにやってきたメイドの言葉に耳を傾ける。そして優しそうな笑顔を一向に向けると、「取り敢えずはお食事にしましょうか」そう言ってロルフ達に部屋から出るよう促した。
食事所として案内されたのは、昨日と同じ部屋だった。食事の様子も変わらず、昨日と同じ位置の席についたロルフ達の前には、朝食にしては少し多めの量の食事が配膳されていく。一点違うと言えば、主に仕えているためか給仕以外のメイドの姿が見当たらない事だろうか。
黙々と食事を始める一行に、ルウィはお食事中ですが先程の話の続きを、と前置きして話を始めた。
「恐らく皆さまはランテ様とお話がまだおありと存じます。しかしランテ様は家の当主と少々反りが合わない様で今はこの屋敷に来られないかと思いますので、一度この後ランテ様のお宅へお会いに行かれてはいかがでしょうか」
エルラのことを大切に思っているランテは、確かにあの母親の事を良くは思っていないだろう。母親の方も、一族ではない者を……いや、自分以外の者をどこか見下している雰囲気を纏っていたため、ヒツジ族ではないランテの事を蔑んでいそうだ。
「お帰りの際は入国された際に使用した転送陣をお使いになられるかと思いますので、そうですね時間は……」
そう言ってルウィが時計に視線を落とした時だった。部屋の扉が開かれたかと思うと、先程見たばかりの女性が「ルウィ!」そう名を呼びながら急ぎ足で部屋に入ってきた。
「はい、奥様」
ルウィはロルフ達に一度頭を下げると、主の元へと急ぎ近づく。
「転送陣の話なのだけど、しばらくは閉鎖することにしたから」
近づいてきたルウィに、女性はそう告げる。必要以上に大きな声なのは、ロルフ達にも聞こえるようになのだろう。
丁寧な口調の端々から伝わる嫌悪の感情に、ロルフ達も同じく嫌悪の感情を抱いていた。これはたまたまかもしれないが、わざわざ見計らって入ってきたようなタイミングも気に障る。
「申し訳ないけれどお使いいただけないってこと、伝えておいて」
そして、そう付け加え身を翻し部屋を後にしようとする主の背に、ルウィが声をかけた。
「お、奥様、恐れながら天候が晴れと言えど今の時期は」
「ルウィ?」
女性はルウィの言葉を最後まで聞くことなく、冷たい笑顔を向けて彼を黙らせると扉も閉めずに部屋から去っていった。