scene .17 救世の凶悪モンスター
リオートローク。姿こそ大きめの白いただの狼だが、氷上のフェンリルとも呼ばれる獰猛さで有名なモンスターだ。
その額からは氷でできた立派な角が生え、逆立たせて凍らせることも出来る全身の毛からは常時冷気が漂う。その状態のリオートロークに素手で一度触れたら一巻の終わり、凍傷を起こして壊死すると言う。
「くっ……」
じりじりとにじり寄ってくるリオートロークから目を離さないようにしながら、ランテはエルラを後ろにかばいつつ少しずつ後ろに下がる。
この個体は体長三メートル程、という事は恐らく子供であろうが、素手で敵うような相手ではない。
持ってきた攻撃魔術瓶のうち最も威力のあるものを使ったとしても一瞬怯ませることができる程度だろう。
「う……そでしょ……!」
出来るとすれば脇をすり抜けて走るくらいか……そんなことを誰もが頭に思い浮かべたであろうタイミングで、その隙間を埋めるかのようにもう一匹リオートロークが現れた。
速さで敵うはずもない相手であるため無謀ではあるが、これでは間隙を縫う事すら叶わない。
「あっ……」
足元に無数に散らばる砂利を踏みよろけかけたクロンが、思わずでた声に口を押さえる。先程崩壊した部屋から流れ出てきた土砂がすぐ後ろに迫っていた。これ以上下がることも進むことも出来なくなったこの状況に、絶体絶命か、誰もが息を飲んだその時だった。
ピューゥ、と気持ちの良い指笛の音が洞窟内に鳴り響く。その音に反応したリオートロークは、今までの警戒体制が嘘のように尻尾を振りはしゃぐ犬のように後ろへ戻っていった。
その先にいたのは成体と思われるリオートロークと、その背に跨るマントを着た――
「ヴィオレッタさん!」
ヴィオレッタだった。
ヴィオレッタはクロンの声に反応すると、信じられないものを見たと言いたげな様子で一瞬目を見開いた。そして、流れるような動きでリオートロークから飛び降り自らに身体を擦り付けてくる子供のリオートロークを両手で撫で回すと、これまた流れるようにクロンの元へ駆け寄り、可憐にその体を抱き抱えた。
「えっえぇっあぁぁっ⁉」
そんな情けない声を出して真っ赤になった顔を両手で覆い隠すクロンを他所に、ヴィオレッタは他の者など眼中に無いといった様子で子供のリオートロークに飛び乗る。
「何してんのよ、早く乗んなさい! 瓦礫の一部になりたいの!」
そんな様子を呆気に取られながら眺める一行に、ヴィオレッタは苛ついた様子でそう言い放った。
ロルフはその言葉に我に返ると、ランテに問いかける。
「ランテ! そっちのリオートロークに乗れるか!」
「や、やってみる! エルラ、ほら、この子に乗って!」
ランテが子供のリオートロークに乗るようエルラを誘導している間、ロルフもシャルロッテとロロをリオートロークの背に順に乗せていく。大人のリオートロークともなると体長は子供の倍以上あるが、ヴィオレッタの指示のおかげか身を縮めてくれているため思っているよりも乗りやすい。
「さ、いいわね」
全員がどうにかリオートロークに跨ったのを確認するや否や、ヴィオレッタはそう言って短く指笛を吹いた。
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「いやぁ! 楽しかったぁ!」
「ギリギリセーフって感じだった!」
「あはは、確かに! 次は死と直面してない状態で乗りたいね」
雪の上に体を投げ出しそんな会話をするランテとシャルロッテの横で、ロルフは気分の悪さと闘っていた。ベロベスティ程の速さはないにしろ、走り出したリオートロークの足の速さはとてつもないものだったのだ。
まぁ、そのお陰で瓦礫の一部にならずに済んだのだが。
「ヴィオレッタ、助かったよ。ありがとう」
ロルフは吐き気を掻き消すように大きく息を吸うと、飛び出すと共に崩壊した洞窟を一瞥して素直な気持ちを口にする。
が、そんなロルフにヴィオレッタはギョッとしたような視線を送ったかと思うと、きょろきょろと辺りを見渡し「頭でも打ったのかしら」そう呟いた。
そんな失礼な反応に、ロルフは眼鏡の位置を直しつつ喉まででかかった文句を飲み込む。いつもであれば多少反論する所だが、今回ばかしはそういうことにしておいてやることにしよう。
「助かったのはありがたいんだけど」
未だに足を思うように動かせないロロが座ったままそう口にする。
そして、ヴィオレッタの方を見上げると、
「どうしてこんな所にいたのよ」
誰もが気になっているであろうことを質問した。
ヴィオレッタはフラグメンタ・アストラーリアへ向かう際姿が見えなかったため、ウェネ達の船の方に置いてきたはずだ。そしてここは山の上。それもそんじょそこらの山とは違い、崖のように切り立った作りに降り積もった大量の雪、その上標高も雲より高い。そんな中、なぜこの洞窟にピンポイントで現れたのか。それだけではなく、なぜリオートロークと共にいるのかも気になるところだ。
ヴィオレッタはうーんと考えるように視線を上に向けると、説明するのが面倒だと判断したのか「勘?」そう言って視線を泳がせた。だが、それだけで納得させられていないことは理解しているのか、ちらりと全員の顔を伺う。
「わ、わかったわよ。説明するわ」
その視線、特にクロンの視線に耐えかねたのか、ヴィオレッタはここに来るに至った経緯を話始めた。