scene .16 走れ!
“モモ”その名前に、ロルフはハッとしたように目を見開く。そしてすぐに眉根を寄せ目をつぶると、片手で顔を覆い隠し声を絞り出した。
「奴らに、連れて行かれた」
「そんな……!」
「モモ、さらわれちゃったってこと?」
ロルフの言葉に、クロンとシャルロッテが驚きを隠せない様子でそう言う。今思えば、ランテがどうしてもモモと二人で組みたいと言っていたのはこのためだったのだろう。
だが今はランテに怒りを覚えている場合ではない。
騙くらかされた事について今は目を瞑り、まずはランテを問いただす。そして出来るだけ早く、奴らがどこへ行ったのか、モモを連れ戻すにはどうすればよいのか、その情報を引き出さなくては。
「ん……」
「ロロ!」
「んっちょ、ちょっと! お兄ちゃん!」
ロルフがそんなことを考えてい間に、ロロが目を覚ましたようだ。
心配のあまり人目もはばからず抱き着いてくる兄を、ロロは手足をジタバタと動かしどうにかして引き剥がす。
「もう! ろ、人前でそういうのやめてよね!」
「ご、ごめん……」
口を尖らせそう言うロロに、クロンは少し寂しそうに頬を掻く。とは言え二人共なんだか嬉しそうだ。
そんな二人の様子に僅かながらも心を落ち着けたロルフがあちらを見やると、エルラの足元でランテも上半身を起こしていた。善は急げ、そう思いながらランテに事の詳細を聞くべく立ち上がったロルフの横で、
「ほぇぁえっ?」
同じように立ち上がろうとしたロロが可笑しな声を上げながら尻餅をついた。
「うぅ……いたぁ……」
「大丈夫、ロロ?」
真っ先にロロの横にしゃがみ込み心配するクロンの横で、座ったままのシャルロッテが笑い出す。
「ロロも一緒だぁ! やっぱり足がカクカクするよね」
「もってことはシャルロッテもなの?」
「うん。でもクロンが大丈夫って言うから、私だけなのかと思ってた」
「ふぅん……って、何それ! 全っ然よくないわ!」
一瞬納得しかけたロロであったが、シャルロッテと自分だけ、それが気にくわなかったのか、ロロはクロンの手を借りつつ無理やりに立ち上がった。
そしてそのままクロンの手を離し歩き始めるロロだが、その様子はまさに生まれたての小鹿といった様子だ。
「大丈夫か?」
「うぅ……とてもじゃないけど」
ロルフの問いにロロが答えようとしたその時だった。
地響きがしたと思うのと共に地面が大きく揺れ出した。その影響で天井からは土や小石が落ち、壁には小さなひび割れが走りだす。
突然の出来事に、各々辺りを見回しながら揺れが収まるのを待つが、数秒立っても揺れが収まる様子はない。それどころか壁の崩れるような、割れるような音が大きくなっていく。
「皆! こっち!」
そんな中、いつの間にか移動していたランテが大きな声でそう叫び一つの通路の前で大きく手を振った。
「早く! このままじゃ洞窟が崩壊する!」
大きな身振りでそう主張するランテに、一行は顔を合わせ頷き合うとランテの元へと走り出した。
ランテもその様子を見てエルラの手を引き通路へと駆けだす。
「走る、なんてできないよぉ!」
「ううぅっ、これしきぃっ」
「あぁくっそ!」
だが、足に十分な力が入らないシャルロッテとロロが走れずにその場でもたついている。そんな二人を見かねたロルフは、元居た位置へと戻った。そして、シャルロッテとロロを荷物を拾い上げるように小脇に抱えると、今出せる全ての力を振り絞り走りだす。少々手荒だが、今はこれしか方法がない。
「ふぁわわわっ」
「えっ、えええっ」
驚きの声を上げると共に手足をバタつかせた二人であったが、状況を考えて大人しくしていることにしたらしい。
それでも本来よりかなり速度は落ちてしまうが、よろよろと歩くように走る二人をそのまま走らせるよりは大分ましだろう。能力が使えない事を、これほどまでに恨めしく思った事が今までにあっただろうか。
「ここからは! 真っ直ぐだから!」
壁や天井がボロボロと崩れる通路を右へ左へ何度か通り過ぎ、見覚えのある監視室がある部屋に辿り着く。その監視室の横を通り過ぎながらランテが息を切らしてそう叫んだ。
ロルフ達の居た部屋と一番初めの部屋との距離が侵入した時よりも短く感じるのは、身を潜めて進んでいないということだけが理由ではなさそうだ。こんな事ならば、もっとしっかり地図を確認してそのことに注意をおくべきだった。そんな後悔と腕の疲れに歯を食いしばりながらロルフも監視室の横を通り過ぎる。
と、その刹那。今までよりも大きな揺れと共に、耳を劈くような大きな音がした。
「うそ、でしょ……」
激しい揺れに前に進むこともままならず立ち止まったランテが、後ろを確認しようと振り返る。すると、今通り過ぎたばかりの部屋があっという間と表現するのも冗長な程、瞬く間に崩壊した。
幸い狭い通路側はまだどうにか持ちこたえてはいるが、崩れ始めたらひとたまりもないだろう。
「いそい、で」
部屋の崩壊による大きな揺れが収まってきたのを感じ、急いでこの通路を抜けよう、そう伝えようとした四人の視線が自分の背後に向けられたまま微動だにしないのに気付いたランテは、言葉を途中で止め後ろを振り返る。
「あっ……あああっ……!」
そのランテの目に映ったのは、その姿を睨みつけ低く唸るリオートロークだった。