scene .15 夢と現実
夢を見た。
前にも一度だけ見た……そう、音のない、夢。
『また、か』
面白みのない夢、以前と同じ様な感想を抱きながら、ロルフは小さくため息をつく。
だが一つだけ不思議な点があった。
以前見た夢の内容を鮮明に思い出せる上にこれを夢だと認識できていること、それ自体不思議だが、もっと不思議なことに、今自分のいる時間が前回見た夢の続きであることがはっきりとわかる。まるで連続して同じ夢を見続けているような、そんな感覚だ。
『確か……ん?』
ロルフは動かないと分かっていながらも、身体を後ろへ捻ろうとした。が、今回は前とは異なるようだ。
若干の違和感があるものの、普通に身体を動かすことができる。
『……っ』
何不自由なく動けることに安堵したのも束の間、面前に広がる光景にロルフは言葉を失った。
長い廊下は真っ黒く焦げ付き、逃げ遅れたであろう人々がその面影も無く地面に、あるいは割れた窓枠にかかるようにして“落ちていた”。
あれだけの炎と爆風だったのだ。少し考えればこうなっている事は想定できただろう。
『そんな……』
その、ヒトやヒトの一部であったであろう黒焦げた物体から視線を逸らすようにして、ロルフは廊下を進んでいく。
別に先に進む必要はない。だが、前回シャルロッテにゆすり起こされる前に自分を呼んでいた声の正体が気になって仕方がなかった。
――あの時の状況から考えて、シャルロッテの声だったのでは? ロルフは自問する。……いや、長年毎日聞いてきたシャルロッテの声を間違えるはずもない。紛れもなくあれは、この夢の中で誰かが自分を呼ぶ声だった。それにその声は、知らぬはずなのになぜか懐かしい気持ちになる声だった。
もちろん、これが現実であれば諦める所だが、夢であるという認識がロルフの背中を押したのである。
『ここ、か?』
しばらく進んだ後、廊下に面した窓などの無い一つの部屋の扉の前でロルフは立ち止まった。
後ろから聞こえてきた声、ただそれだけを手掛かりに当てもなく歩いていた訳ではあるが、夢特有の謎の導きによってなぜかこの部屋に入るべき、そう思ったのだ。
ロルフは爆風によって内側に拉げた扉を、普通の扉を開くように押した。
爆発で炎に包まれた直後の鉄製のドアノブなど、本来であれば触れる事もままならないであろうが、温度どころか匂いも音も、視覚以外感じる事のないロルフにとっては何の障害でもない。
だが、ロルフは扉を開くのを途中で止めた。開きかけた扉の隙間から、見覚えのある鱗が見えた気がしたのだ。
『ゴルト……?』
すす汚れた世界の中でも、金色に光り輝く鱗。あんな鱗を持つ者はゴルト以外には知らない。
ロルフは息を呑む。そしてゆっくりと扉を開いた。
そこには頭に思い描いた通りの姿のゴルトと……
『俺……?』
ゴルトに睨みつけられながら、ロルフ――いや、よく見るとロルフによく似た、ロルフよりも年上の男性が介抱されていた。その腹部には割れたガラスが深々と突き刺さっている。
それとその隣にはもう一人、クモ族の女性がぐったりと棚に身体をもたれかからせているが、こちらはもう既に事切れているようだ。
ゴルトがいるという事は、この夢はゴルトによって見せられているのだろうか。ロルフは冷静に思考を巡らせながら、再度ゴルトに視線を向ける。
『……っ!』
少し驚いたような顔のゴルトと目があったような気がしたその刹那、視界が歪むように暗転したかと思うと――ドーム状に掘られた土と岩でできた天井が目に入った。身体がやけに重い。
「あぁ、ロルフさん! 良かった……」
聞き覚えのあるその声に、ロルフは身体を起こす。すると、身体の重みが取れると共に「あいた!」そんな声が反響した。
「あ、悪いシャル。居たのか」
どうやら身体の重みの原因はシャルロッテが寄りかかっていたためらしい。
おでこを押さえて頬を膨らますシャルロッテに、やたらと服に土汚れが付いているのはなぜだろうか、そんなことを思いつつロルフは再度謝り辺りを見渡す。
先程まで居た人々はロルフ達とランテ、エルラを残し一人残らずいなくなっている。あの男は殺す、と言っていたような気がするが、失敗でもしたのだろうか。それとも本当に殺生はしないたちなのか……
「何があったんですか?」
ロルフの隣に横たわるロロの身体をゆすりながら、最もな質問をクロンが口にする。
先程まで見ていた夢のせいか、あの男の能力のせいか、頭に靄がかかったように上手く考えがまとまらない。
そんなロルフの様子にクロンは「そう、ですよね……」そう呟く。
「彼女は……エルラさん、ですか?」
「ああ、恐らく」
フードが取れ、軽くウェーブのかかった髪とヒツジ族の角が露わになった女性の方を見てそう聞くクロンに、ロルフはそう返した。
目を覚ました今はぼぅっと立ち尽くすエルラだが、クロンがたどり着いた時は倒れ込むランテをかばう様に抱えて座り込んでいたという。洗脳が解けていないとは言え、心の奥底に眠る本能的感情は残っているという事だろうか。
「僕たちも知らぬ間に眠ってしまったようで……起きたら誰もいなくなっているし、何かがあったんだろうと皆さんを探しに」
そこまで言ってから、「あれ」そう言ってから辺りを見渡す。
「……そう言えば、モモさんは?」