scene .14 見えぬ力
「さぁ出航ですよ皆さん」
男がそう言って手を叩くと、ゆらゆらとしながら立っているだけだった作業員達がぞろぞろと持ち場に戻ろうと歩きだした。
「ちょっと!」
ランテは切羽詰まった様子で男の肩を強めに引く。が、振り返りかけた男の横顔を見るや否や「ひっ……」と小さく悲鳴を漏らして手を離した。
そんなランテの様子には気にも留めず、ランテに掴まれた肩を軽く叩くと何事もなかったかのように男は口を開く。
「あぁ、そうでした。これがご所望でしたかな」
そして、ポケットから取り出した小さなメダルのようなものをランテがいるのとは別の方向へ指で弾き飛ばすと、踵を返して歩き出した。
一瞬唖然とその行方を見送ったランテであったが、ハッとしたようにメダルを追いかけようと左右に動く。だが、作業員の動きに邪魔されなかなか前に進めない。コロコロと転がっていったメダルは作業員達に蹴られながらあらゆる方向へ動き、数秒の後にはどこへ行ったのかわからなくなってしまった。
「この卑怯者!」
ランテは振り返ると男に向かってそう怒鳴りつけた。そして、もう一枚メダルを貰うべく詰め寄ろうとした時だった。
「いいのですかねぇ、そんな呑気なことをしていて」
そう体を半分ほど振り返らせて言う男の口元が、醜く歪む。
「同じものは二つとしてないキーですよ」
「う、うそ!」
男のその言葉に、男を追いかけるのを止め、ランテは再びメダル型のキーを追いかけるべくしゃがみ込んだ。
「あった、あそこだ」
四方八方へ動く作業員の足元に鈍く光る小さなキーを見つけ、ランテの顔が一瞬ほころぶ。だが、問題はそれだけではなかった。
ランテの手から離れたエルラが、他の作業員達と同じように自分の持ち場に戻ろうと歩き出していた。
「え、エルラ! ダメ、待って。エルラは行かなくていいの!」
行きたい方向と別の方向へ歩き出したエルラの手を慌てて握ると、ランテは先程見つけたキーの位置へと向かう。
一人でも動きにくい作業員達の隙間をエルラの柔い抵抗にあいながらもどうにか縫い進む。しかし、そんなに長い間キーが同じ位置に留まっている訳はなく、目的の位置に辿り着いた時には既にキーは別の場所へと移動してしまっていた。
「絶対許さない……」
ランテは、もう姿の見えなくなった男が向かって行った方向を睨みつける。そしてエルラの手を握りしめたまま、再びしゃがみ込みキーを探しだした。
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ランテが男の弾き飛ばしたキーを探すためしゃがみ込んだのと同時刻。
「ランテはわたしたちを騙してたって事?」
「……みたいだな」
次々進んでいく男とランテとの会話が耳に入ったロルフとロロは、理解したくなくともこの状況に至った経緯を理解していた。
だが、今はそんなことを気に留めている場合では無い。
「とにかく今はあの男を追いかけるぞ」
ここを逃したらもう訪れないであろうタイミングに、ロルフとロロは駆け出す。
幾度となく作業員にぶつかりながらもロルフは確実に男に近づいていく。そしてロルフが作り出したその隙間を、ロロは小さな体を身軽に捩りながら上手くついて進む。
もちろん二人が追いかけているのは成金男などではなく、その前を歩くモモを抱えた男である。
無理やり進んでいるため、人混みの割に早く目的の男を捉えることができそうだ。
「困りますねぇ」
「……っ!」
男まであと数歩で手が届く。そう思った時だった。
寸刻前まで大分遠くを歩いていたはずの男の声がすぐ近くで聞こえた気がしたロルフは、思わず立ち止まり辺りを見回す。
「こちらですよ」
再度聞こえた声に、ロルフは背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。男の声がロルフとモモを抱えた男の間、つまり先程までの進行方向から聞こえたためだ。
振り返るロルフに向けて、瞬間的に移動してきた男は不気味な笑いを浮かべる。
「困るんですよねぇ、そういった事は」
男は、ロルフといつの間にかその陰に隠れるようにして立っていたロロの周りを回るようにゆっくりと歩きだす。
「商品だけ連れて来るように伝えましたのに、ねぇ?」
男はそう言いながらエルラを連れキーを探すランテを目で追いかける。
本来であればこんなチンケな男など、ロルフの敵ではない。それが能力を封じられていても、だ。
だがなぜか、今は身体が動かなかった。身体どころか声すら出すことができない。それを“禁止されている”ような、そんな感覚だ。蛇に睨まれた蛙と言うのはこういう気分なのだろうか、そう思える程の恐怖心が二人の感情を巣食う。
「殺生は嗜好に合わないのであまりしない主義なのですが……まぁ、今回は致し方がないでしょう」
その言葉に身構えたロルフとロロを余所に、男はくるりと踵を返した。
そして、髭を撫でつけながら顔だけをロルフ達の方へ向ける。
「これはせめてもの選別ですよ。痛みを感じず逝けるのだからありがたいと思って欲しいですねぇ」
そんな台詞の後、男が口を開き何か言葉を発し――ロルフの意識はそこで途切れた。