scene .10 怒り爆発?
薄く――と言っても十センチ程積もった雪を踏みしめる音が不規則に、幾度となく鳴り続ける。
ランテお手製の昼食を腹に入れたロルフ達は、休憩もほどほどに小屋の裏にある抜け道から誘拐犯のいるとされる洞窟へと向かっていた。
出発があまりにも急すぎないか、食事中ロルフがしたその問いかけに、ランテは顔色を暗くしながらこう答えたのだった。
「エルラが連れて行かれた後、呆然とその場に立ち尽くしてたんだけど。あいつ戻りながら言ったんだよ。こんな所ひと月位で離れるがなって。昨日見に行った時はまだそんな様子はなかったけど、現れたのも急だったし……いついなくなるのかと思うと不安で仕方ないんだ」
その真剣な声色に、数日日を置いたところで結果は大きく変わらないだろうという話になり、結局作戦はすぐに決行されることとなった。
ちなみに、それぞれの呼気が白く煌めく中、誰一人として上着などを羽織っていないのは、出発前に体温を保つことができるとランテから説明され支給された薬のお陰で寒さをあまり感じなくなっているためだ。時折吹く強めの風も、ただ歩きにくさを感じるだけで体温が奪われるような感覚はない。
「ねぇ……ちょっと、聞いても、いいかしら?」
それ程の距離を移動してはいないものの、一番体の小さいロロの息は上がってきていた。ランテなりに気を使っているつもりであろうペースではあるが、軽い登山のような道のりのため仕方がないだろう。
「ん? どした?」
途切れ途切れながらそう聞くロロに、ランテは進行方向へ進み続けながら体をくるっと後ろに向ける。
雪にも登山にも慣れているランテの動きは、見事なまでに軽々しい。
「さっきの話……ごはんの前の話でエルラの家族が屋敷にいないのは分かったんだけど、使用人たちはいるのよね?」
ロロはすぅ、とそこで大きく息を吸うと吐き出した。ここまで聞けばロロが何を聞きたいのかは大方わかるというものだ。
ランテにもその意図が伝わったのか、ロロの言葉の続きを待たずに答えを話し出す。
「あー……だめだめ、あいつら皆馬鹿だから」
よほどエルラの家の話をするのが嫌なのか、そう言いながら頭の横で人差し指をくるくると回したかと思うと上に向けて手を開き、そのまま進行方向に身体を向け直した。
そして、誰に聞く訳でもないようにぼそりと
「お勉強が出来るのと、頭の良し悪しって別物だと思わない?」
そう呟いた。
ランテの嫌味のようなその言葉に――いや、慣れない雪道に疲れているだけかもしれないが、誰も答えずにいると、ランテは溜まっていたうっぷんを晴らすかのように批判をつらつらと並べ始めた。
「うちだって初めは助けを求めようと思ったよ。でも何? やれ決まりだから主に回答をいただかねばお答えできません、決まりだから確認がとれるまで行動しかねます。……決まり決まりって誰を守る為の決まり? 一族の人間じゃないの? そこにエルラは入ってないっていう訳?」
余所者以外にはこんな話は出来ないのだろう。先程よりも強めに踏み固められる雪に、後ろを歩くロルフ達は滑らぬよう最善を尽くしながらランテの話に耳を傾ける。
吐き出すことで楽になるのなら良いのだが。
「じゃぁ返答を待ちますって待ったけど! 返ってきたのは仕事が忙しいからまた今度回答する? 娘の、孫の、婚約者の、一大事って時に一族の事しか考えてない訳? 前々から思っちゃいたけどホントに心の欠片ももっちゃいない屑野郎どもめ!」
そう言ってランテが道の脇に積まれた雪に切り込みを入れるように手を勢い良く動かすと、その場の雪が雪崩れるようにどこかへ消えて――いった訳ではなかった。数メートル先の空間から、今消えて行ったのと同じ位の量の雪がとてつもない勢いで落ち、小さく山を作っていた。
そこまでしてから、ランテはハッとしたように一瞬立ち止まる。そして、
「なーんて! 明るくて元気なのが取り柄のランテちゃんがそんなこと言ってちゃだめだぁね!」
そう言った。頭の後ろに手を当て振り返るランテは、なかなかに焦っているようだ。
よくよく見てみると、今程出来上がったのと同じ様な小さな雪山が至る所にあった。確かにランテの能力であれば人の手が入っていなさそうな場所にも多くのいびつな凹凸を生み出すことが可能、という訳か。
「皆静かすぎているの忘れてたよ」
呆気に取られて立ち止まる一行に向けて、気まずそうにぽつりと呟かれたその言葉は本音だろう。
この少女が情緒不安定な理由が、親友が囚われた事による不安からでありますように。ロルフ達は揃ってそう思った。