scene .7 囚われた友人
つい先ほどまでの明るい彼女はどこへ行ってしまったのか、そう思う程にランテは思いつめた表情をしていた。
心なしか組んだ手が震えているようにも見える。
薬を提供してもらう以上何かしらの礼はするべきだとは思っていたが、それがまさかそんな内容だなんて。誰もがそう思い返答に迷っているのか、その場を静けさが支配する。ランテの様子から察するに、簡単に済むことではないのだろう。それが更に返答に対する慎重さを増す原因となっていた。
「ねぇね、だっかん、って何?」
そんな沈黙を初めに破ったのはシャルロッテだった。
こそこそとロルフに耳打ちしたつもりだろうが、この静けさの中では意味もない。
「あんたねぇ……」
全員の視線が自分に注がれたことに驚いたのか、小首をかしげるシャルロッテにツッコミを入れたのはロロである。
一気に緩んだ空気に、ランテが両手を上げ首を振りながら口を開いた。
「あはは、まぁ、無理だよね。たかが薬を分けたくらいで帝国と繋がっているかもしれない誘拐犯から知りもしない人間を奪いかえ」
「待ってください」
ランテのカラ元気の台詞を遮るように、モモがそう言って立ち上がる。そして、
「ロルフさん」
そう言ってロルフの方へと視線を向けた。
モモが言いたいのはゴルトのことだろう。ゴルトがいくら調子のよさそうな怪文書を残していたからといって、囚われた可能性はゼロだとは限らない。何せ相手はあの帝国なのだから、そんな話を以前ロルフはモモとしていたのだ。
誘拐犯、それも帝国と繋がっている可能性があると聞けば気にならない訳がない。
「ちょっと詳しく話を聞かせてくれるか?」
ロルフはモモに向けて頷くと、ランテにそう言う。
急な話の展開に目を瞬かせるランテだったが、二ッと笑う彼女の目にはいつもの悪戯っぽい光が戻っていた。
「時は今からひと月ほど前、うちはその友人と一緒に外に出ていたんだけど……」
天気の良かったその日、二人は国の外へ出掛けていたそうだ。ロルフ達を連れて入って来た転送陣とは別の、山の中へと出る転送陣を使って。特別に理由がある訳でもなく、普段から互いに空いた時間があればよくそうして散歩をしていたという。
そんなある日。国の外は結界がある訳ではないため、まさに山の上の天気。気づくと辺りは雪の海、あっという間に大吹雪になってしまった。ただ、そんなことはよくある事なので問題はなかった。取り敢えずその場をしのぐため、いつもの様に二人は近くの洞窟へと足を踏み入れた。
事件はそこで起きたそうだ。
「今考えると、確かにあの場所にあんな大きな洞窟なんてなかったと思うんだ。でもその時は吹雪で周りがほとんど見えなかったし、あまり深く考えてなかった」
ランテはその時を思い出すように視線を動かす。
「その友人――エルラって言うんだけど、エルラが積もった雪を落とそうと少し洞窟の奥へ足を踏み入れたんだ」
すると警報のような音が洞窟内に響き渡り、二人を隔てるように上部から鉄格子のようなものが落下した。それによって外側と内側に分断されたランテとエルラだったが、ランテの能力もあるため落下物が当たらなくてよかった、程度に思ったらしい。
「でもそう簡単じゃなかった。その格子の向こう側にはどうしてもうちの力が及ばなくて、なぜか……多分洞窟の後ろ側にワープするんだ。何度も何度も試したけど、エルラの元にはたどり着けなかった」
当時を悔しむようにランテは軽く唇を噛む。
ランテの力は簡単に説明すると“不特定または特定の場所にワープする事”が出来る能力らしく、特定の場所にワープする為にはその場所を踏みしめたり触れたりした“記録”が必要だそうだ。ただし、視覚で捉えることの出来る場所であれば、その限りではないらしい。
「エルラは能力については良く知ってる方だと思う。それでもなぜ能力が制限されているのか、それがアイテムのせいなのか環境のせいなのか、原因に心当たりはなかったみたい」
そうこうしているうちに、洞窟の主……かは分からないが、少なくともその罠を仕掛けた者の仲間だと思われる人物が洞窟の奥から現れ、エルラを連れ去って行ってしまったそうだ。
「それでその時、この鍵を頬り投げてそいつが言ったんだ。『この女を開放したければ条件を満たしてまた来い』ってね」
そう言ってランテは“鍵”と呼ばれた青色の小さな石とも宝石とも見て取れる物をテーブルの上に置いた。
「条件って?」
ロロの質問にランテは首を振る。
「わからない」
「え、じゃぁどうやって……」
その言葉に、待ってましたとばかりに口角を片側だけ上げると、ランテはクロンとロロのお茶が置かれた小棚の引き出しから、折りたたまれた紙とペンを取り出した。
「うちだってこの一カ月ただ黙ってエルラの無事を祈ってただけじゃないのさ」
そう言ってその紙をテーブルの上に広げだした。