scene .4 空間系の色持ち
「ありゃ! あちゃー!」
ロルフが土ゴーレムの攻撃を十数回受け止めた頃だった。扉の方からランテの声が聞こえた。
「あぁ、ランテ! こいつも高山植物なんだよな? どうすれば……」
ちらりと視線を扉の方へ向けながらそこまで口にして、ロルフは違和感に気付く。
「クロンはどうした?」
「ん?」
そう聞き返しながら、先程の反応が嘘のようにランテはゆっくりと捕まえてきたらしい高山植物たちを畑に戻している。
そんな呑気なランテを見て、ロルフの脳裏に嫌な予感がよぎった。いや、そもそもクロンがランテに出会えてない可能性はある。ならなぜ戻って来る時に走って……
「嫌だなぁ、そんな顔しないでよ。クロン君ならうちと会った瞬間パタンって倒れちゃってさ、」
「倒れた?」
「うん、そう。でも、連れて帰ってこれるほど力がないんで……」
「――っ!」
ランテがそこまで説明した時だった。土ゴーレムの次の一撃が、よそ見をしたロルフの脇腹を掠め地面へと激突する。
地面から、ゴーレムの拳から、大量の土埃が舞う中、無理な体勢で避けたロルフはどうにか彼等の領域に踏み込まぬよう石畳の上に倒れ込んだ。このゴーレムは攻撃と攻撃の間は広いものの、一撃ごとに確実に威力と精度が増している。今回も、ロルフがよそ見をしたタイミングを狙って攻撃をしたようだ。
そろそろ本格的に対処法を聞き出さなくては、そう思ったロルフの前で何かが崩れるような音がし、砂埃が更に舞い上がった。
「はい、かーんりょ!」
そんな声と共に土埃の中から少しずつ現れたのは、土ゴーレムではなくランテだった。その指には何やら小さな植物がつままれている。
黒っぽい色の玉ねぎと形容できるその植物の上部からは緑色のヘタが数センチ伸びており、そこに一枚の葉っぱがついていた。ランテはそのヘタ部分をつまんでおり、植物はその拘束から逃れようと手足のように伸びた根と実の一部をジタバタと振り回している。
「な……!」
呆気にとられるロルフを余所に、ランテはその植物を地面に掘った小さな穴の中へ軽く埋めた。
そしてパンパンと手を叩くと立ち上がってロルフの方へ二ッと笑って見せた。が、ロルフの様子を見て首をかしげる。
「あれ? あーえと、今のがね、ゴーレムの正体だよ。クレイデザイナーって言う高山植物」
クレイデザイナー。自らが植わっている泥や土を用いてゴーレムなどの形を生成し、天敵などから身を守る高山植物だ。収集が困難であることもあり、クレイデザイナーが土人形を操る為に使用する樹液はかなり貴重なフェティシュとして取引されている。
聞いたことはあれど実際に目にしたのは初めてであるため、確かに普段のロルフであればその情報を聞きたかったであろう。だが、今は違っていた。舞い上がる土埃に咳き込んだタイミングで一瞬視線を地面の方へ向けはしたが、この道幅の狭さだ。隣を誰かが通り過ぎれば流石に気付くというものだ。
ロルフが驚いていたのはそう、高山植物についてではなく、ランテの移動方法についてだった。
「色持ち、か」
ロルフはメガネの位置を直しながらそう呟いた。
転移系の魔術を発動するには短すぎる時間。となれば、考えられることは一つである。最初の違和感――モモに扉を早く閉じるように言った時も気配なくロルフの後ろに登場したが、その時の移動も恐らく能力を使ったものだったのだろう。
「あちゃ、ばれちゃったか」
一瞬ロルフから視線を外し真顔になったかと思うと、ランテは片目を瞑りながらそう言った。そしてロルフに向かって手を差し出す。
「とかいうお兄さん……ロルフだっけ? も色持ちでしょ? 今時の色持ちってちゃんと自分の能力使いこなせてる人少ないって聞いてたから驚いちゃった。ところで空間系だよね?」
「ああ……」
ロルフはランテの手を借りて立ち上がると、ズボンの汚れを叩く。
空間系、つまりは能力の分類の話である。色持ちが神の使いであるという迷信から、神の名を借り≪空間系≫≪時系≫≪万物系≫≪創造系≫≪生命系≫の五つに分類されている。生命系に関しては生神と死神の二神からなるが、その二神は双子であるという逸話もあり、便宜上まとめてそう呼ばれる。
ロルフの能力は重力使いであるため、空間そのものを作り出したとされる空間神の力――つまり、空間系にあたる訳だ。
「まぁ、そうなるな」
「だよね、うちと一緒だ! よろしくねーロルっち」
「ロル……」
突然のよくわからない呼称に文句を言おうとしたが、ニコニコと笑うランテにロルフは心の中でため息をつく。この手のタイプには言っても聞き入れられないことをここ最近実感したためだ。
そんなことよりも今はクロンの心配をするべきだ。ロルフは気持ちを切り替え口を開く。
「クロンの所に案内してくれるか?」
「あ、そうだったね」
ランテは「ちょっと待ってね」そう言うと、掌を下に向けて空間を叩くように動かした。すると、掌が触れたであろう空間に波紋が広がっていく。波紋が通り過ぎる度にそこにあったはずの景色が薄まっていき――三秒と経つことなく、その場所は空間が切り取られたかのように違う風景を映し出していた。