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黒狼さんと白猫ちゃん  作者: 翔李のあ
story .04 *** 忍び寄る影、崩れ去る日常
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scene .34 濃霧の入り江

「お兄ちゃん! しっかりして!」


 帝国の猛攻をどうにか切り抜けた一行を乗せたまま、船は潮に流されるようにして深い霧が立ち込める小さな入り江に漂着していた。

 あの後、通常弾によって何発も貫かれた船体は見るも無残な姿になり果てており、浮いているのも不思議な程だった。しかし、幸いと言ってよいものか、クロン以外に大きな傷を負った者はいない。

 そのクロンはというと、モモによって懸命な処置を受けたものの今も気を失っている状態だ。それぞれが己の身を守る事に精一杯で、応急処置もできぬままここまで来てしまったのも要因の一つかもしれない。


「ん……」

「お兄ちゃん!」


 と、ロロの声が届いたのか、クロンが目を覚ました。

 そして、不思議そうに視線を動かしロロの姿を確認したクロンは、ゆっくりと身体を起こそうとする。


「あぁっ……痛っ……」

「ま、待ってください。今痛み止めを!」


 ロロの声に駆け寄ってきたモモが、クロンの様子を見て急ぎ薬を調合し始める。

 打ち付けた頭が痛むのか、クロンはうずくまるようにして頭を抱えた。そんなクロンの様子に、明るくなりかけたロロの表情が再び暗くなる。


「だ、大丈夫……」


 クロンは心配かけまいとそう言うが、その痛みが耐えられるものでないことは表情が物語ってしまっている。


「はい、どうぞ。苦いけれどよく効くはず」


 モモから手渡された小さな器には、大人でも飲むのを躊躇いそうな程な青臭く深い緑色の液体が入っていた。

 ウェネによって即席で作られた調薬用具を使い、数々の薬草を的確な分量で調合されたその薬には、モモならではのひと手間が加えられている。インクリースエフィカシー、モモが最近修得した色持ちの力の一つだ。その名の通り、薬の効能を大きく高めることのできる技である。


「んっ、く……」


 意を決したクロンは、器に口をつけ中身を飲み始めた。それをじっと見つめるロロは、先程までとはまた少し違う理由で眉をしかめている。

 そんな二人に微笑ましさを感じるモモの後ろで、霧がゆらりと揺れた。


「どうも」


 突然掛けられた声に驚き目を見開いている三人に反し、ゆっくりと笑顔で現れたのは橙色の髪をしたヤギ族の女性だった。




*****

****

***




「こうも霧が濃くちゃ何にもわからないぬ」


 一方その頃。

 ロルフは、クロンとロロをモモに任せシャルロッテを連れてウェネと共に辺りの探索へ出ていた。

 ちなみにヴィオレッタはシュヴァールの介抱、船の操縦をしていた青年は修理が必要な箇所の洗い出しを行っている。


「クロンも心配ですし、そろそろ戻りますか」

「賛成ー」


 霧によって辺りを見渡すことすら敵わないこの状況では、少し探索したくらいで何を見つけることも出来るはずがなかった。

 とりあえずは、危険なモンスターがいなさそうなことが分かっただけで良しとしよう。


「ん? 誰だろ?」


 ロルフ達から見えるギリギリの範囲で、一人一番前を歩くシャルロッテが首をかしげる。


「あ、お戻りですね」


 シャルロッテに気付いたのか、モモが小さく手を振りながら駆け寄ってきた。

 初めて浜を歩いた時に、バランスを崩し転倒したことを忘れてしまったのだろうか。まぁ、その時はシャルロッテが手を引っ張ったのも原因ではあった訳だが。

 「ただいまー、モモー」といいながらモモに抱き着くシャルロッテの後ろから、ロルフは質問を投げかけた。


「クロンは?」

「さっき目覚めました。傷が痛むようなので痛み止めを飲んでもらってます」

「そうか……ん?」


 クロンが目を覚ましたことにホッとするのと同時に、ロルフの目に見知らぬ人物の姿が映る。


「あ、どうも」


 そう言ってぺこりと頭を下げる人物は、恐らくヤギ族だろう。しかしなぜこんな場所にヤギ族が、そう思うロルフを余所に、モモがそうだ! と言うように手を合わせ口を開く。


「この方は怪しい人じゃないんですよ。むしろ帝国への行き方を教えてくださるそうなんです」

「本当か?」

「まぁね。ただし」


 そう言って彼女は人差し指を顔の前で立てると、ニッと悪戯っぽく笑った。


「一つだけ聞いてほしいお願いがあるんだ。どうしても一人じゃ難しくてさ」


 ――交換条件という訳か。ロルフは少し考える。タダで情報をくれる、と言う輩よりは信頼できるのかもしれない。

 悩むように口を閉ざしたロルフに、彼女も「んー……」と考えるように口と眉を少しばかり曲げる。


「決め手に欠けるかぁ。……あ、そだ」


 何かを思い出したようにそう言うと、人差し指をピンと立てた。そして、その指をそのままクロンの方へ向けると、


「うちは高山植物家でね、その少年の傷に効く薬も作れるかもしれないよ」


 そう口にした。

 ――高山植物。古くからごく僅かな地域のみで生産され、管理も育成も難しいとされている植物だ。そのため、通常手に入れるには相当の労力と資金を要する薬草であるわけだが、それをこの女性が育てているという事なのだろうか。

 にわかには信じがたいが、彼女は嘘をついているようには見えなかった。それに、それが事実であれば本当にクロンの傷を早く治すことができるかもしれない。そう考えたロルフは、「わかった」とそう告げて小さく首を縦に振った。


「おっけ、交渉成立だね」


 ロルフの答えに、彼女は顔の前で親指と人差し指を合わせ丸印を作ると、満足げに笑った。

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