scene .32 海上演習
『ピャギヤェァァ!』
聞いたこともない鳴き声を発しながら、大人の腕程の体長の魚型モンスター――風切魚がバタバタと甲板に落ちていく。
風切魚は鳥の羽根に似た器官を持ち、海上を飛びながら群れで行動するモンスターだ。そのせいもあってか、他のモンスターよりも船に飛び込んでくる確率がかなり高い。しかも今回は大群というだけあって、休む間もなくひっきりなしに甲板に飛び込んでくる。
「ロロ、いい腕してるぬ!」
「ありがと! わたし、魔力が覚醒したらハンターにでもなろうかしら!」
「ハハ! それは頼もしいぬ!」
ウェネとそんな会話をしながらも、ロロは次の魔術瓶をさっと取り握って次の標的に向けて手を開く。
「えぇぇいっ」
そんなチープな掛け声と共に、掌から一体の風切り魚に向かって稲妻が走った。すると、稲妻が当たった風切魚は例の鳴き声を発しながら痺れたように空中で全身をバタバタとさせると、黒焦げになって甲板に落ちた。
「また命中だわ!」
そう言って一瞬ガッツポーズをするロロだが、再びそそくさと魔術瓶を手に取ると次の標的を探しだす。
瓶に書かれている文字を確認せず使っておりどの魔術が発動するかわからないためか、先程のような適当な台詞と共に魔術を放っているものの、命中率はロルフより少し下か、下手すると同じくらいだ。
「ロロちゃん凄いですね、私なんか全然です」
休憩する為手すりの内側に背を預けるようにして腰かけるロルフの隣に、疲れたようにふぅ、と息を吐いてモモがしゃがみこんだ。
群れの中に突入してから早数十分、魔術瓶の使い方に慣れてもなおひっきりなしに飛び込んでくる風切魚を避けつつ他の仲間の様子を観察するには最適な場所だった。稀に誰にも相手にされなかった個体が飛んでくるが、そんな物はロルフの能力でスッと軌道を横にずらしてやればいい。
「僕もです、こういうのちょっと苦手で」
そう言いながらモモがしゃがんだのと反対側に座ったのはクロンだ。
「二人は自分で極められればその方が効率的かもしれないな」
魔術は、熟練度が上がれば上がるほど命中率が上がり、発動するまでにかかる時間も短くなるため、魔力の扱いが下手でないモモやクロンの場合は魔術を極めた方が効果が高いのだ。かく言うロルフもこの魔術瓶に入れられているような中級から上級の攻撃魔術は現在修得中であったりする。
何はともあれ、ファイアボールと扱いが似ているためか、魔術が苦手なため心配していたシャルロッテすらもこの魔術瓶であればそれなりに使いこなせている様子だ。まぁ、今は「こっちの方がらくちんー」などと言って自身の力で凍らせたり燃やしたりしているが……
「あれ、お三人はもうお疲れかぬ?」
三人の様子に気が付いたウェネがロルフ達に近づく。そして、何かを確認するそぶりを見せると、
「もうこんな時間だったんだぬ。皆もすっかり魔術瓶の使い方はマスター出来たみたいだし、そろそろ練習はお開きにしようかぬ」
そう言って見張り台の方に合図を送った。
すると、見張り台にいる青年が手を左右に大きく振り始めた。その動きに合わせて船は進行方向を変え、風切魚の大群から最短で抜けられる方向へと進み始める。
「あわわわっ」
「ぎゃっ」
「ありゃ。悪いぬ、二人共」
急な方向転換について行けず、立っていたシャルロッテがロロを巻き込んで手すりに激突した。それを見たウェネは笑いながら謝った。
ちなみにこの船には舵輪などがついておらず、魔術のみで速度や方向を制御している。先程の青年の動きは舵を切る為の動きであったという訳だ。魔術レベルの高いトゥアタラ族だからこそ扱える作りの船だろう。
「もう終わりなのね?」
ロロはシャルロッテの腕の下をくぐり拘束から抜け出しながら、一時的な魔導結界を船の周りに張りだすウェネにそう聞いた。
「大人達が疲れたみたいだし、ロロとシャルロッテも十分大丈夫そうだからぬ!」
「大丈夫って?」
首を捻るシャルロッテの言葉に、ウェネはあれ? と言いたげな雰囲気で目をぱちくりと瞬かせた。
「言ってなかったかぬ? 船の警備を二人一組でやってもらうって」
初めて聞いた、そう言いたげなロルフ達の表情に、
「あー……そっかそっか。言い忘れてたみたいだぬ。ボクとしたことがうっかりしてたぬ」
ウェネはそう言って、照れたような困ったような顔で頭を掻く。
「ボクとアイツは操縦があるからずっと警備に就いてる訳にはいかなくて……よろしく頼めるかぬ? ってもう海の上な訳だけど」
気まずそうにするウェネの心配を余所に、ロロは目を輝かせ言う。
「まっかせて! わたしにかかればどんなモンスターだって“いちもうだじん”なんだから!」
そして、小さな胸を力強く叩いた。
その気持ちはロルフ達も例外ではない。もちろん、どんなモンスターも一網打尽という点ではなく、船上警備についてだ。
見返りを求める訳でもなく船を出してもらっている以上、それ位のことはむしろ進んでするべきだろう。快く了承したロルフ達に、ウェネは安堵したように笑った。