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夢の中に誰かいる

作者: 海猫真大

※※※※※

小学生の頃だろうか?

図工の授業で版画を作っている。

みんな一心不乱に彫刻刀で木を彫っている。

隣の席の男の子が、やすりで出た木くずを吸い込んでゴホゴホと咳き込んだ。

ふと、窓から校庭を見ると、女が立ってこちらを見てる気がする。

繰り返し見る夢だが、あんな女、立っていただろうか?


中学生の頃だろうか?

修学旅行で京都のお寺の砂利道を歩いてる。

列になって、みんなでしゃべっている。

前を歩いていた男子が突然、前のめりに躓く。

大きな石があったようだ。その子は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

列が向かっている門の前に女が立っている。

おぼろげに女の様子が見て取れる。髪が長く、白いネグリジェのようなものを着ているが、ひどく汚れいている。しかも裸足だ。

繰り返し見る夢だが、あんな女、立っていただろうか?

※※※※※


いつ起きても目覚めが悪い。

起きてしばらくは、今日これから起きる事への絶望感に苛まされる。

もし、あれをやっていたら。もし、あの時あの選択をしていたら。

年を取るごとに、やらずに後悔したこと。

「もし」が心の中に積みあがっていく。

コップの中に入れたお茶の細かい屑が底に溜まっていくように。


しかし、最近繰り返し夢に出てくるあの女は何なのだろうか?


仕事終わりに、家の近くにある占い屋に行ってみることにした。

あの女の事、相談してみよう。


占い屋は、雑居ビルの五階にある。

ビル全体が古く他にいくつかの店が入っているようだが、どこも寂れている。

信じられないぐらい狭いエレベーターには、人の油の匂いがどんよりとこもっていて、気分が滅入る。


予想に反して占い屋はお洒落な内装で、三十代前半ぐらいの男がやっていた。


「繰り返し見る夢に同じ女が現れる。遠くに立っているだけですが。夢の内容はバラバラです」

「その夢全部、女が現れる前からよく見てた夢なのですか?」

「たぶんそうです」

「そうですか。失礼ですが、夢精はしてますか?」

「え!あっ、いいえ、してません」

「そうですか。恐らく、あなたの夢の中に幽霊が入り込んでしまったのでしょう。目的は分かりませんが、ただ迷い込んでしまったという可能性もあります。例えば、だんだんあなたに近寄ってきてるとかありますか?」

「どんどん近寄ってきてる気がします」

「まだ遠い?」

「はい」

「うーん。そうですね。特に思い当たるふしはありますか?女性の恨みを買ったとか、心霊スポットに行ったとか」

「いや~、特にないですね」

「そうですか。ひょっとすると、幽霊ではなく、もっと上位の存在、いわゆる悪魔的なものかもしれませんね。全然、私の専門ではないのですが、アドバイスするとしたら、できるだけたくさん夢を見ることですね」

「幽霊に目的があれば、ずっとあなたにたどり着けないと、諦めてくれるかもしれません」

「はあ・・・・・。分かりました」


※※※※※

5年ぐらい前。まだ学生だった時かな。

肌寒い秋の日。衣替えをまだやっていなかったというか適度な服がなかった私は、半そでのTシャツを着て、好きだった女の子とカフェでコーヒーを飲んでいる。しかもアイスコーヒーだ。

その子はバイト先の愚痴をずっと言ってる。もう辞めるらしいけど。

それにしても寒い。

カフェの道向かいの花屋の前にあの女が立っている。

私以外の人に姿は見えていないようだ。

※※※※※


過去に起こった事(記憶だからあいまいだが)と妄想がごちゃ混ぜになった夢の中で、その女が近づいて来る事だけが確かな真実であるような気がする。

三年前、一年前とだんだん最近の出来事を下地している夢に女が現れるようになってきた。


※※※※※

これは・・・確か一か月ぐらい前の事だ。

通勤途中に、賑やかに走り回る子どもとぶつかる。

とりあえず、子どもに「ごめんなさい」と謝ったが、その子どもの母親らしき人がすごく不審そうな目で私を見ている。

その後ろ、すぐ後ろにあの女が立っている。

今回は顔が見える。

真っ白で表情がなく、目はつむっているのだろうか?異様に細長い。紙粘土で作ったような顔だ。

口をクチャクチャさせていて、よだれが垂れている。

※※※※※


小さい頃の私は母親にべったりだった。

幼稚園に初めて行く時、母親と離れて一人になるのが怖くて、幼稚園の玄関で大きな声で泣き続けた。

母は困ったなという表情を少しだけ浮かべながら、優しい笑顔でぎゅーっと私を抱きしめる。


母は私が小学校六年生の時に交通事故による怪我が原因で死んだ。

父が、母が入院している病院と私が通っていた学校と家を行ったり来たり送り迎えしたりしていたのを思い出す。

父は何日寝ていなかっただろうか?一週間ぐらいかなあ。


現実が辛くなればなるほど、一番優しい記憶である、幼稚園に初めて行った日を思い出す。


あの女は着々と近づいて来る。

二週間前、一週間前、三日前の出来事の夢に。


※※※※※

これは、昨日あったことだ。

朝、会社のすぐ近くのコンビニでコーヒーを買う時に、小銭がなくて、更に千円札もなくて一万円札を出してしまった。私は少し申し訳なさそうにして一万円札を出したが、外国人の店員は、何の表情もなく有無をいわさず機械に一万円札を突っ込んだ。

あの女がいる。

すぐ近く。

後ろにピタッと張り付いてる。

クチャクチャという音が耳元で聞こえる。

何を食べているのだろうか?

時折、硬い、骨のようなものをボキボキかみ砕く音も聞こえる。

すえた匂いがする。

振り返ってはいけない。

そう、本能で感じているが、夢の中の私は早く立ち去らないと他の客に迷惑だと思い、振り返る。

目があう。

女がニタッと笑う。


「私が死んだ後のあなたの人生を夢の中で見さしてもらったよ。退屈ね」


まるで録音テープから再生されているかのようなくぐもった音でその女が言う。


「え?」


私は固まったまま動けない。


「ごめんね。こんな姿で。捕食用の人形しかなかったの」

「は?」

「知ってる?私は今のあなたと同じくらいの年齢で死んだの。浮気してたお父さん、喜んでいたんだから。記念日ぐらい覚えときなさい」


女はゲラゲラと笑った。


「いい?親はね、子どもの『初めて』を見たいと思うものよ。初めなさい。恥ずかしがらずに。昔あなたがやりたかったことを。時間は自分のために使いなさい。コップの中のお茶をグルグルかき混ぜて下にたまったお茶の屑を飲み干すといいわ。不快だけどね」

「は?」

「まあ、おかげであいつ、あなたのお父さんの夢を見つけたわ。ありがとう」

「え?」

「あなたの事が気になって、少し寄り道しちゃったけど、あいつの所に行くね。さようなら」

「え?あっ?うん」

ぎゅっと抱き着かれる。少しだけ悲しそうな笑顔で。

※※※※※


目覚めると、着ているジャージがよだれでベトベトになっていた。


その後、あの女が現れることはなかった。


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