友達になろう
事件が一旦落ち着き、遅刻して学校に着いた頃には、もう昼休みになっていた。教室の中に入ると、どこからともなく男子生徒が大勢駆け寄ってくる。
「早乙女さん。大丈夫でしたか!? 今朝、痴漢被害にあったと聞いたんですけど……」
顔も名前も知らない茶髪の男子がさぞ心配そうに伺ってくるので、俺は内心鬱陶しく思いながらも表情は曖昧に微笑みながら答える。
「うん。全然大したことないから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「そうだったんですか……。この話を聞いた時から僕たちはもういてもたってもいられなくて、いっそのことみんなで駅まで迎えに行こうかって話してたところなんですよ」
「う、うん。ありがとうね……」
あまりの熱烈な好意にドン引きし、顔を少し強張らせながらも、表面上では適当に取り繕う。
「僕たちのグループの中には情報収拾に長けている奴がいますから、今度早乙女さんに危害が及ぼうとしたら僕らが全身全霊を込めて助けてみせます!」
「わ、わー。ほんと助かっちゃうわー。……それでその情報源の主って誰のことなのかな?」
「えっと、確かそいつは、隣のクラスの明石って奴ですけど」
「チッ、あんの野郎……」
予想通りの名前を耳にして、俯きながら小声で呟く。
「? どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないの。ちょっと私隣のクラスに用があるからちょっとごめんね」
一瞬にして顔を笑顔に戻し、内心の怒りを抑えながら隣のクラスへと歩いていく。
隣の教室に着くや否や、セットに失敗したのかというほど奇抜なツンツンした髪の毛をした男子生徒を発見し、近づいていく。そいつは呑気に数人で昼食をとっていたので、俺は心にスイッチを入れてそっと声をかける。
「ごめんなさい、明石君。先生に呼んで来てって言われたんだけど、今大丈夫かな?」
俺が優しく声をかけると、周りのモブ男子は飯を箸で掴んだまま固まってしまう。それほどまでに俺との出会いは彼らにとっての重大イベントだったのであろう。
だが、今はそんなことどうだっていい。今回の目的の男子生徒の肩に手を置き、これまた優しく微笑みかける。
「あ、あーっと。俺、先生になんて呼ばれてなかった気がするんだけどなぁ……」
そいつは俺の顔を見向きもせずに目線をそらし、我関せずと言わんばかりにシラを切って、何事もないかのように箸を進める。
「しらばっくれるなよ、湊。お前が犯人だってのはとっくに上がってんだ。大人しくついてこい」
周りに聞こえない程度の声で耳打ちしながら肩に置いた手に力を入れると、湊は「あぁ、そういえばそうだったそうだった」と、大根芝居を打って俺の後ろについてくる。
人の通らない旧校舎の廊下に着くと、俺は心のスイッチをオフにして、目の前の男子、明石 湊に向かって怒りをあらわにする。
「悪かったって、どーせあれだろ。今朝のことお前のクラスに情報流したこと怒ってるんだろ?」
こいつは俺の父親の姉の子供。つまり俺のいとこにあたる人物で、家庭事情を知る数少ない人の一人だ。
「ったく。そう言う情報をいったいどこから拾ってくるんだよ……」
「まっ、俺の情報網を侮ってもらっては困るわな。かーかっか。……いってぇ!?」
身内をネタにしてたか笑いをする湊の頭を一発シバいた後、こいつに聞きたかったことを尋ねる。
「それでお前に聞きたいんだけど、今朝俺と同じ車両に乗ってたこの学校の女子生徒でイニシャルがMKって人のこと分かったりするか?」
「まーぁ。そんなこと俺様にかかればお茶の子さいさいだけどな。だが、タダでってわけにはいかないだろうなぁ」
叩かれたところをさすりながら、さぞ自慢げに上から目線で話してくる。
「それで、何が条件なんだよ?」
「……さんと……する権利なら」
仕方なく手伝ってくれる条件とやらを聞いてやると、湊はうつむきながらごにょごにょと何かをつぶやく。
「え? なんだって?」
「だから早乙女 七海さんと食事を共にする権利を得られるのであればいいだろうって言ってんだよ!」
俺が聞き返すと、湊は吹っ切れたかのように顔を紅潮させながら宣言する。
「え、なに。お前、もしかして姉さんのこと好きだったの?」
「そ、そうだよ。なんだ、なんか悪いか!?」
思い当たる節がなさすぎて過剰に反応している俺に、顔を紅潮させてやけっぱちに踏ん反り返る湊。
「いや、別に悪くはないんだけどさ……」
「けど、なんだよ」
俺の歯切れの悪い言い回しに引っかかった湊は、まだ恥ずかしそうに口を尖らせ問い直す。
「そういえばお前、だいぶ昔俺に告白してこなかったっけ?」
「んがぁー、それは今関係ねぇだろうが! だいたい女の格好しているお前が悪い!」
「あー、悪かった悪かったって。そんなに怒るなよ」
「そんな過去。この世から消えてしまえぇー!」
その場で、ジタバタと幼稚園児のように暴れまわる湊を制し、やっとの事で話を戻す。
「それで、ちゃんと調べてくれるのか?」
「ああ、わかったよ。だけど忘れるなよ、条件は絶対だからな」
「ったく、飯くらい自分で誘えばいいのによ。そういえば姉さん、男を欲してたぞ」
「んなことわかってるよ。だからこの前の合コンも裏から根回しして、好みのタイプが違うやつらを向かわせたんだからな」
「お、お前ってすごいんだな。……あらゆる意味で」
「ま、ネット上で俺にできないことはないはな」
言いながら前髪をかきあげ、キメ顔で絶賛カッコつけ中なのだが、さっきまで地べたで転げ回ってたから制服が汚くなっていて全く締まらない。
俺の家系は本当に呪われてるんじゃないかと、また改めて思いましたとさ。あー、めでたくないめでたくない。